第三十九話 悪いけど、白馬に乗った王子様じゃないんだ



  

 前世と違い、この世界の地図は正確性に欠けている。その上、衛星を使用した位置情報なんて便利なものがある訳が無く、順調に帝国へ向かっていた筈の俺は、いつの間にか道に迷っていた。 

 まぁ、なにぶん初めて来た場所なので、こういう時もある。そう――自分を励まし、とりあえず、前に魔族を見つけた時のように高い場所から現在地を把握しようと考えて、俺は近くの山に登ったのだ。

  

 山をそうして、山の頂上から見える湖や川を地図と照らし合わせて現在地を特定しようとしていた所――かなり遠くにある森の異変に気付いた。

 小さい煙が何本も立ち昇っているのを見つけたのである。

 

 単に山火事的なものかとも最初は思ったが、火魔法を使って戦っている奴がいるとも考えられる。

 なんとなく後者の様に感じたので、魔族なのか人間なのかは分からないが、とりあえず行ってみることにした。


 

 で、いざその場所に辿り着いたら、ちょうど強さ的に魔将っぼいオークに騎士が襲われている場面だった。迷わなかったのは、道中ブヒブヒと笑う謎の声を拾えたおかげだ。その声が聞こえる方向に走っていくだけで良かった。

 

 もっとも……俺が着いた時には戦闘自体は、もはや決着がついている様なもので、騎士の一人はミンチにされてるし、生きてる騎士達も膝をついて絶望してるしで、完全に戦意を失っていた。

 

 俺は騎士という職を実際にはなりたくないなと思いつつも、それでも前世での漫画やアニメの影響で、カッコいいものだというイメージを抱いていたのだが……。故に、格好だけは立派な騎士達の情けない姿を実際に見たことで、夢を壊された気分である。『ユーレン』の武器屋で、騎士の剣が売られていたり、逃げているという話は聞いていたが、直に見ると、溜め息しか出てこない。

 魔将が相手とはいえ、一応エリート集団な筈の騎士なのに情けないなぁと呆れながら、俺は助ける為に歩いて近寄った。 



 

 騎士達を見ていると、一人場違いな存在がいることに気付いた。鎧姿ではなく、高そうな服を着ている少女がいたのである。

 その少女が、この騎士達の主の貴族の令嬢とかだろう、と思ったが……よく見てみるとその容姿にどこか見覚えがあるのだ。

 貴族に知り合いはいない以上、気のせいだとは思うが、歩きながら観察して、ああと気付くことが出来た。

 

 その少女が原作キャラである王女――セラスだということに。

 クリーム色の髪に蒼色の目。整った顔。……滅多にお目に掛かれない絶世の美少女って感じだ。こんな所に王女なんている筈がないという先入観からすぐには気付けなかったのだろう。



 それにしても王女かぁ……うん、パンダに会ったぐらいの……いやそれ以上にレアな体験だ。少しテンションが上がる。そして、それ以外に特に感想は……無かった。

 最初に出会っていれば、その容姿に目を奪われたのかもしれないが……見た目は美少女な精霊ルミエラと一年間ぐらい一緒にいたからか、如何せん目が肥えている。

 なので俺の中で、王女はパンダと同じぐらいの価値に落ち着いた。


 すぐに容姿についてはどうでもよくなり、行方不明という話はてっきり、魔族の腹に収まって分からなくなっていただけかと思っていたが、生きてたのかワレ、とかどうでもいいことを考えたり。王女もこちらを見てきたことで、見つめ合っている形になった事に困惑したりしていた。




 そうこうしていると、存在をすっかり忘れていたオークがこれが魔将の上位の力だ(笑)、と息巻いて、しょうもない魔力を身にまとって突撃してきていたので――。

 魔将にそんな上位とか設定あったっけと思いながら、最強の攻撃(笑)が当たったとしても、怪我もすることはないだろうが、当たってやる義理もない。ヒョイと避けて、ブヨブヨしているその腹に蹴りを叩き込むと、風船が破裂したようにして一撃で死んだ。


 


 そう思いながら、さて――何て言葉を掛けるべきかと悩みつつ、王女を見てみると青色の液体まみれだった。色々な意味で近寄り難いことになっている。

 言葉が出てこない。……ただ何でこんなことになったのかの理由は分かった。俺の体の向きが王女の方に向いていたことで、オークを風船のように割った際に、その巨大な体に溜め込まれていた大量の血が飛び散り、王女に降りかかったのだと思われる。


 そう――“俺が”やっちまったのだ。


 ヤバい……とんでもなく無礼なことしちまった。  

 ……王族にこんなことをしたら、普通に死刑とかありえそうだ。


 

 目の前には、王女。……王族だ。学校で卒業証書を渡してくれる校長なんかよりも遥かに立場は高い。そんな存在……普通にしてても扱いに困るというのに、魔族の青い血で血まみれにしてしまった。


 どうすんだ、これ……?


 

 

――――――――――――――――――――

 





「………………助かりました。ありがとうございます」

 

 顔を青くし、目が死んでいる王女は、俺に向かってお礼を言った。

 未だに王女は、青い血でベタベタだ。

 そして王女が大変なことになっているというのに、何故か騎士達は俺を見たまま動かない。お前らの忠誠心はそんなものなのか? 助けてやれよ……流石に可哀想だ。

 

 白馬に乗った王子とかなら、こんなことになっても、自分のハンカチを出してまだリカバリー可能なのだろうが、俺はハンカチなんて持っていないので、本当にどうしようもない。


 ならせめて布――と思うが、俺の黒いローブを千切って渡して上げたりとかも理想のムーヴかもしれないが、それも嫌だ。

 都合の良いことに、一応自体は近くに……さっきのが落ちている。でも……そんな汚物で、「すまないね、顔を拭いてあげよう」と、ごーしごーしと王女の顔面を拭こうものなら、喧嘩を売っているとしか思われない。さすがに処刑される。 

 

 こんなカオスな状況……どうしていいか分からない。取り敢えずお礼を言われたからには返答をしなければならないのに。

 

 そもそも……こういう時どう対応するべきなのだろうか。

「有り難き幸せ~」みたいなことを膝を着いて、手を心臓のある場所に置いて、貴女のために命を捧げますよポーズをとるのは前世の漫画やアニメで分かっているが……なんとなくしか知らない。


 しかも――それをしてしまうと……王女に忠誠を誓うってことにならないか?、とも思う。

 王女パンダの命令に絶対服従で、命を懸けて実行するとか無理無理。


 じゃあ、どうすればいいんだろう……。考えろ……俺……。



 ……思い浮かばない。

 


  

 ………………。

 


 

 はぁ……疲れたな。

 このままここにいても、状況は好転しないだろうなぁ。俺がボロを出すだけだ。

 ……決めた。





 とりあえず、こくりと頷いて返答はそれで済ませ――――その後、軽いお辞儀をしてその場から離れた。死刑にされるかもしれないし。


 命は助かったんだから、許してくれる筈だ。きっと。

 命が助かったあの王女もハッピーだし。俺としても、無いよりは有った方が良い魔族への対抗組織をまた作ってくれる存在は有り難いのでハッピーだ。

 うん……皆、幸せだね。良かった、良かった。


 


 


 

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