カイン君の凋落 下③



 ウィリディスによるアリシアの処刑宣告。


 その宣告が聞こえながらも、カインは動けなかった。――英雄として在ろうとするならば、決して見捨ててはいけないというのに。

 カインは、アリシアがまだ生きていたことに喜び。……そして、四天王に捕まってしまっている事実から、助けられないと正しく絶望した。

 

 そもそもにして、自分の命すら、いつ魔族に発見されて失ってもおかしくない状況だ。

 カインは、顔を伏せて現実から目を背けた。

 

 

 

 ――――それに対してダリアは、速断で決心した。何しろ時間の猶予がない。


「……私も一緒に行く。

 なんとか隙を作って、時間も稼いで見せるから、アリシアさんと逃げて。

 ――行くよ、 アリシアさんを助けに!」


(このまま黙ったままアリシアさんが殺されるのを見てるだけなんて絶対に嫌だ!)


 ダリアの心の中にあるのは、その思いだけだった。



 それを聞いて、カインは立ち上がる。しかし、カインの顔は伏せたまま。表情は見えない。

 





 ダリアは一瞬、目を瞑ると、生への未練を断ち切り――――、


 ――茂みから飛び出して、一直線にアリシアの元へ、四天王ウィリディスへと立ち向かっていった。

 

 ダリアは、原作において勇者の仲間だった存在。


  

―――――――――――――――――――――― 




 ダリアが入ったのは最近だが、“ワールドブレイカー”について、分かったことがある。


 ――パーティー内でカインを巡った諍いが起きており、仲はそんなに良くないこと。

 

 ――そして、アリシアの隠れた努力を。

 

 アリシアは、パーティー内の間を取り持つ等、人間関係の問題を解消しようと日々頑張っていた。カインがヘイト管理を怠っておきながら、ここまで保ったのは、アリシアの献身によるものだ。

 ダリアもそんなアリシアのことを慕っていた。


 

 ゆえにダリアは思うのだ。カインと、そして――ずっとカインを支え続けてきたアリシアさえいれば“ワールドブレイカー”は立て直せる。

 好きな人と慕っていた人、この二人の為なら、竜巻で自分を犠牲にしながらも、カインを救ってみせたパーティーメンバー達のように、自分の命を使ってもいい、と。


 (魔族に襲われそうになった私の村を救ってくれたのは、あなた達“ワールドブレイカー”だった。私も今はその一員――今度は私があなた達を救う番!)  


 走る自分に気付いた魔族を火魔法で牽制。

 ただの火ではない。魔力を消費するだけでなく、自分の命すらも焼べたダリアの命の火だ。触れるだけで、一般兵に過ぎない魔族は黒こげになって死んでいく。


 そして――――


「――フレイム・バインド!!」


 ダリアの心臓から伸びる、炎の鎖が呑気にアリシアの死のカウントしていたウィリディスを捕らえた。

 

「なっ――!?」


 驚き、アリシアを手から離したウィリディス。


 そして、動けない。

 

 ダリアの命を懸けた決死の魔法は――ウィリディスを倒すことこそ出来ないものの、動きを止めるに至った。

 

 ダリアの生命力が見る見る間に削れていく。

 しかし、それでもダリアは魔法の行使を続ける。血反吐を吐きながらも耐えた。


 ――5秒経った。


 どこかの臓器が破裂したような痛みが走る。


 ――10秒経った。


 左目が破裂する。 

 

 ――時間が経つ事にダリアの何かが壊れていく。


 

「ふざけおって――!!」


 ウィリディスが激しく抵抗する。

 が、炎の鎖は解けない。

 


 そして――――姿

 ダリアの決死で稼ぐ数秒を無駄にしない為に、早くアリシアを救出して逃げるべきなのに。


 

「……カイン君?」

 

 残された右目で、なんとか首を動かして後ろを振り向いて見ても、カインの姿はどこにもない。


 さっき隠れていた茂みを見る。――いない。


 ――そして、ダリアは見た。

 茂みのさらに奥――平野を取り囲んでいる森の中へとカインが逃げていくのを。



 そう――――カインは、ダリアの作った時間をに使った。気絶していてとなるアリシアと共に逃げるよりも、その時間を使って確実に自分だけ逃げるという選択を選んだのだ。


 その事実を知り、ダリアは絶望し、発狂する。

 

「あ……ああああああああああああ!!??」


 もはや気力で耐えていたダリア――彼女を支えていた思いの支柱が崩れた。


 そして――炎の鎖は解かれ、ウィリディスは自由となる。

 ダリアには逃げる気力も体力も残されていない。四肢に力が入らなくなり、その場に倒れた。


 ウィリディスはそんな虫の息のダリアを確認し、先にやるべきことを為す。

 

「……こいつは一体何がしたかったのだ?

 ふん……まぁいい。とりあえず、先見の英雄は来なかったのだから、聖女は殺しておくか」


 ウィリディスは右手を地面に倒れ伏していたアリシアへと差し向け。次の瞬間、アリシアの首は風によって切断され、ダリアの近くへ転がった。


 シュラはそれに驚き、

「えー? 殺しちゃうんです? 先見の英雄を釣り出せる人質なのに」

 と、ウィリディスに尋ねる。

  

「戯け。本当に先見の英雄とやらが未来が見えているのならば、聖女を見捨てる理由がどこにある? そんな未来回避していて当然であろう。

 したがって、それは法螺。

 人間如きがそんな大層な能力を持ってる訳などないことなど、ちょっと考えれば分かることだろうに。

 ……まったく、カエルレウムは用心が過ぎる」


 その言葉にエクレール姉妹は納得した。

 

「あー、そっか」


「先見の英雄……女に守られて後ろで応援するだけの雑魚でしたし、あり得そうですね」 


「カエルレウムも今回の状況を話せば、さすがに納得するであろう」


 ウィリディスはそう締めくくると。


「さて――そんなことよりも随分と調子に乗った真似をしてくれた、こいつを処理せねばな」


 その言葉と共に、魔将以下、全ての魔族が一斉に死にかけのダリアを忌々しい――まるでゴキブリを見るかのような目で見つめた。




 


 四天王や周りを取り囲む魔族が何か言っているが鼓膜も破れたダリアには聞こえない。


「――つき…………嘘吐き。私達のことを大切だって言ってたのに……」


 恋は盲目だというけれど。

 まやかしだった。


「……なんで」


 自分は、こうして覚悟を決めたというのに……。

 アリシアが一番助けを求めている筈のカインが来ないなんて……酷すぎる。


 ダリアの自分の犠牲も覚悟の上での、勇気を振り絞った行動を――――カインは踏みにじった。

 ウィリディス達からしてみれば、さながら道化だろう。

 先見の英雄でもないのに勝手に出てきて、一旦ウィリディスを止めたが、代償に勝手に死にかけている。


 何の意味もない行動。単なる無駄死に。


 いや――一応意味はあった。

 大切な恋人二人の命を代償に浅ましくも生き残ろうと逃亡するカインの助けに。

 ……報われない。どこまでも報われない。


  

 アリシアの生首を見て、ダリアは涙を流す。

 生死は確認出来ないが、あの竜巻だ。“ワールドブレイカー”のみんなはきっともう死んでいるのだろう。


 ――むしろあの時死んだ方が幸せだったのかもしれない。カインの本性を知らず、最期に大切な人を守れたと希望を持ったまま逝けたのなら。


 少なくとも、ダリアはカインを信じて付いて来たことを後悔している。


「……自分の命惜しさにずっと一緒にいた幼なじみを見捨てるクズめ。……あなたなんか好きになるんじゃなかった……」


 その言葉を遺言に。一人の少女だったモノは、アリシア同様、風に切り刻まれ……………………死んだ。


 カインの囲っていたハーレムメンバー達は、こうして最後の一人も死に、“ワールドブレイカー”は壊滅したのだった。



  

 

 カインはただひたすらに駆ける。

 向かうべき、アリシアやダリアがいる方向ではない。逆の方向に――危機に瀕している彼女達に背を向けて逃げる。


「死にたくねぇ……!! いやだ、俺は死にたくねぇよぉ!!

 ごめん、アリシア! ごめん、ダリア!

 逃げる俺をどうか許してくれ――俺はみんなみたいに命を懸けて戦うなんて怖くて出来ねぇんだよぉ!!」


 カインはハーレムの主として失格だった。

 ハーレムモノの主人公達は揶揄されることもあるが、それでも、“大切な人”の為に命を懸ける覚悟を持っている。


 ――自分の命惜しさに見捨てたカインは彼等に及ぶべくもない。


「俺は悪くねぇ!! 俺は悪くないんだ!!

 悪いのは、魔族!! 殺したのはあいつらだ!!

 こんな序盤で襲ってくる四天王が悪いんだ!!」


 責任転嫁。少なくとも、アリシアとダリアを見捨てる選択をしたのは、自分だというのにカインはそれを認めない。


「仇は必ず取るから……! ……ブレイブだ。こうなったらブレイブの奴を使って、奴等を皆殺しにしてやる! 待っててくれ!!」

 

 馬鹿にしていたブレイブを当てにした他人頼り。自分で絶対に殺そうとする気概もない。


 カインの怒りは見せかけだけ――本当は自分の命が助かったことに安堵していた。

 地位も大切な女の子達も、何もかも捨て、自分の命だけ引っさげた負け犬は森へと消えた。


 魔族による追撃はない。

 ウィリディス達は、先見の英雄を生きているかどうか確認する価値すらないと判断し、王都を強襲しに向かったからである。



 ――これにて原作は完全に崩壊したのだった。


 

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