第十三話 精霊は人類の完全な味方、という訳ではない



 結局、精霊ルミエラは、予備としてもう一つ買ってあった手土産の饅頭すらも平らげた。

 食いしんb……いや、食欲旺盛なのは素晴らしいことだ。

 精霊の餌付けなんて、初めての経験だなぁー()


 

 まぁ、なんだかんだ久し振りの嗜好品を楽しんだ彼女が格段に機嫌が良くなったので良しとする。そんなに高い物でもなかったので、惜しくはない。


 そしてやっぱり思ったのが、たまに会うだけなら、良いけど契約するのは、ちょっとな……ということだ。

 問題なのは、この精霊はあくまで嗜好品として食べ物を欲している点である。

 …………食べた物がどこにいくのかは分からないが、精霊はぶっちゃけ食べなくても生きていける生命体のはず。

 必要無いのだから、消化する胃のような臓器があるのかも怪しく、ともすると食べた端から消滅でもしていて、食べる量には際限が無いのかもしれない。


 これは恐ろしいことだ。


 精霊の胃袋は底無し説である。

 金魚のように、あったらあっただけ食べる訳で、しかもその食欲が無限だとしたら、金も食料もさながらブラックホールに吸い込まれるかのように消えていくこととなるだろう。一つ一つの値段は大したことが無くても、塵も積もればなんとやら。彼女を仲間に入れるということは、金欠という不安要素を抱えることになるのだ。


 彼女が遠慮して食べてくれるのなら、希望はまだ持てるが……。

 

 まだあるかな、とばかりにこちらをキラキラとした期待するような目でこちらを見てくる精霊を見て、俺はそんな希望なんて無いことを知った。





 あれから、さらに取り留めのない話を続けること二時間。なんだかんだ残っておしゃべりをしていたが、さすがにそろそろ帰りたかったので、そもそもテレパシーでいつでも会話は出来るだろ、と説得したところ、

 

「……しょうがないわね。でも、また会いに来なさいよ! 約束だからね!」


 そうムクレながらも彼女は納得して、諦めてくれた。

 話せば分かってくれるのだから、やっぱり悪い奴では無いんだけどなぁ。食費がちょっと、ね。

 


  

 だが――――その親しみやすさに、つい忘れてしまいそうになるが、彼女は精霊。人間では無いのだ。

 最後の最後、俺は精霊としての一面を目のあたりにすることとなった。

 正直、告白しよう。俺は精霊という存在をまるで理解していなかった。手土産をもぐもぐ食べている威厳のない姿を見て油断すらしてしまっていたのだ。


 

 それは――帰ろうと背を向けて歩き出そうとした俺に対して、精霊ルミエラが忠告した時のことだった。


「……楽しくて言い忘れそうになったけど……ブレイブ。アンタに一つ忠告しとかないといけないことがあるわ」


「……?」


 そう呟いたのが聞こえたので、首だけ振り向いて彼女の方を見ると――、


 さっきまでの明るい表情はどこへやら、完全に無表情だ。

 真面目な話――そう俺は判断し、首だけでなく体も動かして彼女としっかりと向き合った。


 

 そんな俺の行動の終始を精霊ルミエラは見つめ。少し間を取ると、ゆっくり話し始めた。 

 

 

「……アンタは直接関わったことがないから、風聞でしか知らないでしょうけど……貴族には気をつけなさい。

 実物はそれより酷いわ。強欲で……自身の権力を広げようといつも陰謀を企んでる、他者を蹴落とすことが大好きなクズ共……魔族とまでは言わないけど最悪な存在よ」


 むちゃくちゃ言うなぁ、とも思うが、彼女の忠告が、実体験からくるものだと原作という知識がある俺には分かっているのでなんともいえない。


 

 あと……本人にその気はないのかも知れないが、まるで彼女の今の気持ちと連動するように、ここら辺一帯の空気がやたら重くなっている。感情を発露するだけでこんなことが出来るのだから、やはり精霊とは凄い存在だ。

 俺がこうして普段通りなのは、彼女より単純に強いから。多分、実力が無かったらとうに気絶していただろう。


「……そっか、気をつけるよ」


「貴族に何かされたら呼びなさい。

 その時は全力で味方してあげる」


「……味方してくれるのは嬉しいが…… 一体何をするつもりなんだ?」


 嫌な予感がする……。


「精霊を敵にするとどうなるか――身を以て知ってもらうわ」


 彼女――――光の精霊は、そうハッキリと告げたのだった。間違いなく、一切嘘偽りなく、本気で言っている。


 いわゆる上流階級である貴族に逆らうことは得策ではない。

 何よりやったら死が確実におとずれる。

 一個人が仮に貴族を倒したところで、次は、国が裁こうと指名手配して、騎士団にでも追い回されるのだから、先は無いのだ。


 国としても、貴族を殺した者が逃げ切るなんて前例が作られないよう、国の威信に賭けて、本気で殺しにくるだろうから、なし崩し的に国と戦うことになる訳だ。

 だからそんなことになったら、普通は絶望するしかないんだが……。

 精霊である彼女は、ヤル気だ。


 そもそも平民は尊い存在である貴族に逆らってはいけない、という階級社会的な風潮が蔓延しているが、人間ではない彼女にはそんなこと関係ないのだろう。

 彼女の立ち位置は、言うなれば魔族の敵。こう言い表すに限る。人の完全な味方という訳ではないのだ。人間世界の理なんてお構いなしという訳である。

 まぁ、それを言うなら俺も、やったら面倒なことになるから貴族は傷つけちゃいけない、と思ってるだけで、尊い存在だからやらない……みたいな考えは持ち合わせていないのだが……前世の観念がそうさせている以上、例外だろう。

 


 尊い存在かー、俺には欠片も分からない思想だけど、他の異世界の平民達も本当にそう思っているのかねぇ?


 

 前世でも精霊信仰はあって、精霊を怒らせたら、罰が下る的な話もたしかあった筈だ。

 さて、それを踏まえた上で見てみよう。

 そう忠告してきた精霊ルミエラの目は、怒りに燃えていた。はい……もうマジギレって感じだ。 


 今にも貴族を手当たり次第にぶっ殺しにいきそうである。


 

 俺は、さよなら貴族。と心の中で呟いたが――――――、


「はぁ……駄目ね。

 貴族のことを考えるだけで頭に血が上っちゃう。……頭を冷やすわ」


 ――彼女は踏みとどまった。曲がりなりにも、光の精霊、その善性で怒りを抑えているのだ。何かキッカケがあれば爆発しそうだが……。


 そう言うと、精霊ルミエラは身を光の粒子状へと変え、目の前から消えた。

 

 精霊との初会合はこうして終わり、俺は『ユーレン』へと帰還したのだった。



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