カイン君の凋落 下①



「――皆さん聞いてください」


 その声は、声量こそ大したものではなかったが、自然と場に集められた『ソレイユ』の者達全員の耳へと響いた。

 王国と帝国、二つの国から集められた精鋭達の目が一人の少女――ユースティア王国の王女にして『ソレイユ』の旗頭でもある、セラス・ファン・ユースティアへ向けられる。

 それでも怯まず、セラスは宣誓した。

 

「……魔族によって大陸北方が占領され、人類の防衛線は大きく後退することとなりました。 

 それ以降――魔族側は大きな動きを見せませんでしたが……つい先程、北方地域の偵察に出ていた者達から、大量の魔族が集結し、南下している旨の報告が入りました。

 

 ――よって、我々『ソレイユ』は、持ちうる全勢力。そして、王国騎士団の一部とも連携し、これを迎撃、殲滅します!

 決戦予定地はシャグラン平野。明日の内には出陣、シャグラン平野への到着は、約4日後の昼頃となるでしょう。

 ――勝ちましょう皆さん。今こそ、北方地域で魔族に殺された人達の無念を晴らす時です!」


『おおおおおおおお!!!』

 

 その宣誓に、『ソレイユ』の面々は戦意を高める。

 彼等が脳裏に思い浮かべたのは、魔族の北方地域侵略により、死亡した家族――あるいは共に戦った戦友。

 この場にいる全ての者達が、セラスの宣誓を受け、次なる決戦を思い、気を引き締めて奮い立つ。



 約一名を除いて。

 その一人とはもちろんカインのことである。


「漫画でも似たようなシーンあったけど……やっぱ王女様いいな。ハーレムメンバーにしてえなぁ」


 カインはこんな時にも、自分の欲望を満たすことしか考えていなかった。

 ――カインは世界を救いたい訳ではない。彼にとっては、好みの女性キャラでハーレムをつくることこそが最優先。原作で名前すら出てこないモブの命やその無念など、どうでもいいことなのだ。


 



 


 宣誓後。

 カインは『ソレイユ』の会議室にいるセラスの元へと訪れていた。

 

 セラスはカインの好きなキャラの一人――カインは、何度も口説こうとしたのだが……いずれも失敗に終わっている。


「さっきの演説凄い格好良かったよ! いやー、俺惚れ直しちゃったぜ!」


「……そうですか」


 セラスはカインの飄々とした様子を見て、少し顔をしかめた。もっとも……それは一瞬のことであり、口説こうとおべっかに必死なカインは気付かない。

 セラスにはやることが山ほどあるのだ。こんな無駄話に付き合っている時間は無い。だが、“ワールドブレイカー”は『ソレイユ』の中で最も成果を上げているチーム。そのリーダーであるカインを無碍に扱って、やる気をなくされでもしたら、シャグラン平野での決戦の勝敗にも影響が出かねない。


 ――話すのなら、もっと有意義な会話にしたい。そう思ったセラスは、現在カインへと抱いている疑問と忠告の二つを解消することにし、話を切り出した。 


「……正直、この魔族の動きはきな臭いです。しかし、迎撃しないという選択出来ません。――放っておくには、危険すぎますから。

 。未来を見通すとされるあなたの目には、今回の一件、何か見えていますか?」


「えっ……? あ、あぁ何も見えないぜ!

 大したことない戦いだからとかじゃね!?」


 カインの知識――原作には、シャグラン平野での決戦なんてことは起きていない。

 故にこう答える他ない。

 

 セラスはそんな挙動不審なカインの姿を見透かすように見つめる。

 

「そうですか。(この反応からして……未来を見ているというのは、明らかに嘘……それでも、今まで幾つもの大きな事件を的中させているのも、また事実。このような得体の知れない情報に王国も帝国も振り回されているとは……危険ですね。

 はぁ……胃が痛くなってきました。

 そして何よりの問題は――)」



「あなたのチーム“ワールドブレイカー”の人数がまた増えたそうですが……どうにも女性同士の関係に亀裂が入っているように思えます。

 彼女達は、あなたのことを慕っています。それを忘れず……その想いにちゃんと応える形でフォローしてあげてください。

 ――じゃないと後ろから刺されてしまいかねませんよ」


 セラスとしては真面目な忠告だったのだが、カインはまともに取り合わなかった。


「刺されるって……ははは、ナイスジョーク!

 そんなこと起きる訳ないない!」


「…………」


 カインのハーレムメンバーが激しく罵り合っているのをセラスは何度も見たことがある。

 カインは俺のために争わないでー、と笑い事で済ましているが、洒落にならない状態になりつつあることに気付いていない。

 ――カインはハーレムのヘイト管理を怠っている。



 カインが帰ると、セラスは溜め息をついた。


「……問題ばかりですね」


(……先見の英雄は、痴情のもつれでいつ殺されてもおかしくない。

 そして、今回の魔族の集結……嫌な予感がします。交渉して、王国騎士団の一部と連携して事に臨んでもらえることになりましたが……正真正銘、これが現状送り出せる、全ての戦力。果たして足りるかどうか…………。

 ……ままなりませんね)


 セラスの、腕っ節は大して強くない。魔法の鍛錬もしているが、そこらの兵士とどっこいどっこいだ。

 その為、裏方に徹しているが……人間側の問題まで発生している為、普通に激務である。


(……捜索も続けなければなりませんし)


 セラスは、近くに置いてある本棚から一冊の本を大切そうに手に取った。

 タイトルは、『フィリグランの青薔薇』

 有名な童話だ。

 内容は、三百年前に起こった魔族と人類の戦いについて。

 絶望的な世界の危機に一人の少年が立ち上がり、多くの仲間を失いながらも、なんとか魔王を封印し、世界に平和を取り戻したという、“奇跡”を綴った物語。


 当時の人々が、魔王の恐ろしさを後世へと遺す為に子供へと語り継いでいた話が、永い時の経過と共に、童話という形になったものだ。


 それは、未来への警告でもあった筈だが――


 ――殆どの大人はまったく気にとめていない。何せ三百年前のこと。仮に魔王が存在していたとしても、三百年も封印されているのだから、このまま永遠に封印はとけないのではと考え、他人事だった。

 

 

(『フィリグランの青薔薇』――先人達の遺してくれた貴重な資料。

 この童話のおかげで、私達の現状を覆すのに必要なことを知ることが出来ました。

 、そして

 ――この二つこそが魔王に対抗する鍵。勇者の資格がある者の力を飛躍的に高めるもの。

 ……今のところ、手掛かりすら見つけることが出来ていないというのが現状ですが……)


 内容を暗記してしまう程、何度も読み返した本を大切に本棚に戻すと、セラスはふと思い出した。


 (……そういえば、この童話には不可解な点がありましたね。

 ――勇者の名前がこと。

 一番の功労者である、勇者の名前が本によって異なっていて、本当に魔王を倒したのが誰だったのかが分からないとは……どうなっているのでしょうか?

……勇者の名前すらも不明という、本当に手掛かりが0とは……正直見つけれる気がしませんね)


 セラスは溜め息をもう一度つき、次の戦いの為に、出来る限りの準備をする為に動き出した。

 

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