カイン君の破滅 上


『ウオォォォォォォォ――――!!!』


 雄叫びをあげ、突撃する王国貴族に仕える騎士達。その数、約5000。いずれの騎士も幼少期から武芸に明け暮れていた猛者達だ。


 それに対するのは、二人の少女。

 だが、少女といってもの少女ではない。

 彼女達は魔族。故に、所々人とは異なる特徴を持っている。例えば、彼女達の場合、頭から鹿のような角が生えていることだろう。

 魔族に共通しているのは、その体に流れる血が青色だという点で、外観は多種多様だ。


 名は、姉の名前がシュラ・エクレール、妹の名前がミュラ・エクレール。魔将の一員であり、人類の敵である。

 彼女達は基本的に二人で行動していることから、エクレール姉妹とまとめて呼ばれることが多い。二人共、風魔法とお揃いの双剣を使って戦う、風の双剣使いだ。


「まーた、ぞろぞろと集まってきたわねー。あたし達の玩具になりに。

 たかが一個、街をぶっ壊して、住んでた人間を皆殺しにしたぐらいで、仇とか言って、次から次へと死にに来るなんて、人間って本当に馬鹿ねー。

 ミュラ。また、どっちが沢山の人間を狩れるか勝負でもする?」


「そうですね、暇潰しにはいいかもしれません。その勝負受けて立ちますよ、シュラ姉さん。」


 

 5000対2。普通なら、勝ち目などない。

 だが――彼女達には恐れは見られなかった。むしろ、嬉々として。ピクニックに行くような足どりの軽さで、襲い来る騎士達に向かって歩き出す。


 そしてとうとう――二つの影と五千の人間が集まって出来た巨大な影が重なり合い――――巨大な影から数百人分の影が欠けた。

 

 エクレール姉妹は当然の如く無傷。

 二人は一瞬、アイコンタクトを交わすと、ニヤリと笑い。そのまま疾風のような速さで騎士達を蹂躙し始めた。

 二人の風の魔法は、一度に数十人の騎士を仕留めていく。盾も鎧もまるで意味をなさない。中の人間も、まとめて切り刻む。

 双剣は魔族としての身体能力の高さも相まって、力も速さも人間の範疇にいる騎士達にはどうしようもない。

 

 開戦から数分後。戦場は騎士達の屍で死屍累々。

 生き残っている騎士の一部は、この場から逃げようと足掻くが……。

 ――エクレール姉妹はそれすらも許さない。

 

 玩具がなくなるのは、嫌だからだ。

  

「あー、逃げるなんてやめてよねー!

 合計キルスコアが減っちゃう!」

 

「騎士の誇りとやらはどうしたんです?

 ……ああ、そうだ。最初みたいに雄叫びをあげたら、戦意が戻ってくるかもしれません」



 ミュラは、気絶して地面に転がっている騎士の一人の側に近寄ると、足を少し振りかぶり、即死しないように気をつけながら、横腹を蹴った。

 魔族の身体能力ならそれで十分。ミュラの足先は、騎士の腹にめり込み――吹き飛んだ。

 断末魔の叫びを携えて。

 

「ギャアァァァァァ――――!!??」

 

「……ふふっ、一風変わった雄叫びですね」


 

 蹴り殺された騎士を見て、残りの騎士は怒りを抱くことも出来ず、軒並み戦意消失。その心にあるのは、もはや恐怖のみ。


 しかし、そんな騎士達の姿を見ても、情けをかけるどころか、きゃっきゃっと嘲笑う二人。

 

 この世界における魔族とは、そういう生き物なのだ。 

 人間が蟻の巣穴を埋めて遊ぶように――――魔族にとって人間はその程度の存在でしかなかった。


 もし、自身も人間でありながら、人間という存在に恨みを持つ者が魔王軍の門を叩こうとしても無駄な行為だ。

 その末路は決まっている。馬鹿にされて、殺されるだけ。間違っても、魔族側に徴用されるなんて有り得ない。

 言葉は通じるが、決して分かり合えない残虐非道な生き物。それが魔族という存在なのである。



 ――――だが、


 

 

 ブレイブやカインが転生した漫画である、この世界――『光の勇者ブレイブ』は、勇者が魔王を倒すという王道の物語。つまり、勧善懲悪の展開である。

 主人公を正義の味方として描く時の問題として、勧善懲悪で悪を懲らしめるにしても、節度を守らなければ、やる側も悪になってしまいかねないことにある。

 敵は絶対悪でなければならない。同情の余地があっては駄目なのだ。 

  

 二人は間違いなく人類にとっての悪魔であり、殺そうが何しようが、その行為は(人間にとっての)正義の行いとなる。


 



 


「面白い顔――!」


「切り取って家に飾ってもいいかもしれません」


 そんな事を話し、シュラとミュラは残った騎士を一人残らず掃討しようと双剣を――――彼等の仲間を山ほど斬り殺した刃で、彼等の首を刈ろうとし――――、


 ――止められた。


 シュラの双剣は、ロングソードを持った女騎士に。

 ミュラの双剣は、槍を持った傭兵風の女によって。


「「なっ――!?」」


 驚くエクレール姉妹。


 攻撃を止めた者達の他にも、目の前には騎士達とは違う装いの者達がいた。そして――何より異色なのは、一人を除いて全てが女性だという点にある。


 シュラは少し沈黙し、警戒した様子で、

 

「……あんたら何者?」


 ――と尋ね。


 その問に答えたのは、唯一の男だった。


「俺達は、“ワールドブレイカー”!

『ソレイユ』に所属する最強のパーティーだ!」


 そう男――カインは返答した。


 それを聞いたシュラは、ミュラの方に目を向け、警戒するようアイコンタクトで呼び掛け、その合図にミュラも同意する。


「……“ワールドブレイカー”……その名前は知ってるわ」


「玩具の分際で大々的に逆らっている、最優先廃棄予定のゴミがここで現れてくれるとは……観念でもしたんですか?」


 その言葉を受けたカインは爆笑する。


「ぷっ……あはははははは! どう考えても、観念するのはお前らだろ、ばぁか!」


 それを見たエクレール姉妹の反応は全く同じ。


「「……ほざいたな? 下等種族がッ!」」


 二人は同時に飛び出し、恐ろしいスピードで、カインへと向かっていく。しかし、女騎士と女傭兵が再び立ちふさがる。

 殺意を込めて、双剣を再び一閃。先程止められた時と違い、本気だ。

 その一撃には、女騎士も女傭兵も共に受け止めきれずに、はじき飛ばされる。だが、武器でガードしており、大きな怪我は負っていないようで、すぐに復帰。 


「リンチだ! リンチにしてやれ!」


 カインはそう告げ。“ワールドブレイカー”全員が動き出し。

 エクレール姉妹も抜群の連携を見せ、奮戦したが、“ワールドブレイカー”の総攻撃に防戦一方となっていった。

  

 後ろから刃が。かわして距離をとろうすると魔法が。


 着々と追い詰められていく、エクレール姉妹。

 最後は、風を身に纏って速度を上げ、捨て台詞を吐きながら、撤退していった。

 

 “ワールドブレイカー”はエクレール姉妹を逃してしまったものの、撃退には成功。負傷している騎士の生き残りを保護して、『ソレイユ』に帰還したのだった。






 

 ――その夜。

 カインは自身に充てられた部屋で今日の戦いを振り返っていた。

 

 カインは、いや、“ワールドブレイカーは”『ソレイユ』が作られる前、たしかに一度魔族に敗北している。

 しかし、それは武力偵察に過ぎない。あの時、“ワールドブレイカー”はフルメンバーという訳では、無かったのだ。

 しかもその状態でも、頑張れば勝てれたとも思っている。序盤で欠員が出るのが嫌でさっさと引いたが……。


 今日の戦いで、原作でもネームドキャラだったエクレール姉妹――魔将の中でも上位の実力者相手に十分戦えることが判明した。

 

 ――いける


 それがカインの感想だ。

 まだ第二部に入ったばかりだが、対応出来ている。これからも、仲間達はさらに強くなるだろう。魔将はいずれ一対一でも勝てるようになる。


 四天王も……彼女達が成長した上で、リンチにして、各個撃破していけばなんとかなる。一人別格に強い奴がいるのが不安ではあるが……。

 

 魔王も……正直、賭けになるかもしれないが、それは原作でも同じだったので考えるだけ無駄だ。


 

 不確定要素に、少し不安になってくるが。


「問題ねぇ……こちらにも切り札がいる」


 それは――――カインが魔王討伐をする為に打った布石。


「ベルクラント帝国史上、最強の魔法剣士。

 自分とマトモに戦える者がいないからと、世に知られていない隠れた実力者をあぶり出す為に、王国と帝国の戦争を起こそうとした黒幕。

 戦闘狂な第一部のラスボス――蒼炎の剣皇。皇女レーツェル・フォン・ベルクラントを説得出来たんだからな」


 第一部のラスボスを味方につける。

 それが、カインの計画の一つだった。


 そう――カインはそもそも第一部のラスボスに勝利した訳ではない。

 表向きには、倒したことになっているが、実際は戦闘狂に魔族という餌で誘惑して、戦争から興味を失わせてやめさせた――という方が正しかったのである。

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