第二十九話 ただひたすらに、固くて速い


 

 魔族達の悲鳴をbgmに、ブレイブは再び駆け出す。突撃する先は、他の魔族よりも強い――おそらく魔将と思われる個体がいる方向だ。

 ――その魔将を選んだ理由は、なんとなく……しいていうなら、一番近かったからというだけで選んだに過ぎない。どっちみち全滅させるつもりのブレイブにとって、順番なんてどうでも良かった。

 

 真っ直ぐに――まるで放たれた弓矢のように突き進むブレイブ。

 直線上の障害物(魔族)は、視認不可能な速度で走るブレイブを相手に、回避しようという選択肢を抱く暇もなく、気付いた時には、跳ね飛ばされており、自分に何が起きているのか認識出来ずに死んでいく。


 ブレイブが通った後には、青い霧がかかっている。 

 魔将は強い。魔族の一般兵士が、ブレイブに衝突された場合、霧となるか、青い血だけしか残らない中、パーツが残る程度には強かった。

 

 




 

 一般兵士の魔族は、ブレイブの突撃を止めることも出来ず、ブレイブの走る速度を落とすことさえも出来ない。

 ブレイブは、瞬く間の時間で魔将の元へと到達。

 狙いの魔将の姿を捉えた。刀を持った魔族だ。

 しかも、待ち構えている。

 

「っ――!やはり俺か!

  いいだろう! 俺の居合を見せてくれる!」

 

 魔将は、刀を鞘に収めて帯刀した状態。

 。前世で知っている。最速の初撃を極めた剣術だ。

 

 ブレイブはもちろん居合なんて出来ないので、技という面では遅れをとった。


 


 ブレイブに焦りは無い。

――相手は刀。せっかくだし、そろそろ持ってきた武器を解禁するか、と思考する余裕すらあった。

 

 魔将が鯉口を切り――一閃。空気を斬り裂く音と共に、刀がこちらを斬るべく向かってくるのを、ブレイブも腰の鉄製の棍棒を右手で掴み。魔力で保護して、技もへったくれもなく、ただ振ることで迎撃した。


 ブレイブに振るわれた鉄の棍棒は、音の壁を破り――先手をとった魔将の居合切りを追い抜いて――、

 ソニックブームを起こしながら、刀も、魔将の上半身も、鉄の棍棒は諸共に消滅させ、その後ろにいた魔族達も巻き込んで吹き飛ばした。

 

 そして――二人目の魔将を殺され、戦々恐々としている魔族達が震えている中、居合切りを力任せにどうにかしたブレイブは、とうとう足を止めた。

 

「なんか面倒になってきた。広範囲を一掃出来る物理攻撃で早く終わらせるか」


 そうポツリと呟くと、ブレイブはまとめて駆除するべく、全身を魔力で強化し、ありったけの力を込め、辺りに衝撃を発生させながら空へと跳躍する。

 



――――――――――――――――――――



――時は、ブレイブが跳躍する少し前。


 

  

 魔将の一人であるラピドゥスは、急ぎ、自分以外で現在まだ生き残っている、もう一人の魔将の元へと訪れていた。

 訪れて早々、


「……早く撤退するぞ!? このままじゃ全滅だ!!」


 と伝えたラピドゥスだったが、相手の魔将からは否定的な意見を返された。


「人間相手に撤退、か……魔族の恥だぞ? 一生の笑い物だ」


「仕方ない……生きてなんぼって奴だ。エクレール姉妹だって、逃げて生き残り、今では元気に弱い人間相手に憂さ晴らしをしていると聞く」


「……あんな負け犬姉妹と同じ所まで落ちたくない」


 ラピドゥスは、その言葉に呆れ……勝てる訳もないのに、意地を張っている目の前の魔将を優しく諭す。


「……お前、奴の動きを視認出来るか?」


「――はっきりとは見えない。偶に影が見える程度だ。

 だが、一般兵が吹き飛んで出来る青い霧を見て、位置は大体確認出来る!」


「……」


 仲間がやられた跡である、青い霧でしか位置を確認出来ないのにも関わらず、逃げようとしない頑固な魔将に対して、速く逃げたかったラピドゥスは、見捨てることも視野に入れ、苛立ちを覚えながらも説得を続けようとして――


 突如。地面が揺れ、衝撃が発生した。


 衝撃に一般兵が吹き飛ばされる中、魔将の二人はなんとか立っていられたが……。


 衝撃が止んだ後、異変に気付いた。


「……待て!?

 あの仮面の奴がいない!?」


 目の前の魔将が叫び。ラピドゥスもそれを聞き、何故か立ち止まっていた仮面の人間がいた場所を見るが……いない。まわりを必死に探すが見当たらない。

 もしかしたら帰ってくれたのかもしれないという可能性を期待したが――、

 

「ッ――――!? 」


 突然、背筋が寒くなった。死ぬ直前のような嫌な予感。


 その瞬間、ラピドゥスは、わき目も振らず逃げ出した。少しでもこの場から離れる為に。

 ラピドゥスは魔将の中でも、トップクラスに速い、という自負がある。


 その自慢の足をフル活用し、全力で逃げた。

 

 見る見る間に、自分に向かって何か怒鳴っている魔将の声や、悲鳴を上げている一般兵達の声が小さくなっていく。


 逃げて、逃げて、逃げて――――


 そして――――


 二度目の衝撃がラピドゥスを背後から襲った。 

 それは、一度目の衝撃とは比べ物にならない程の威力で――

 

「ギャアァァ――――!?」


 悲鳴を上げながら、ラピドゥスは為すすべなく、吹き飛ばされた。 


 ボロ雑巾のようになって地面に転がり……なんとか立ち上がると、周りは木がへし折れ散乱していて酷い有り様。

 


――……

 

 恐ろしい事実に思い至ったラピドゥスは、フラフラと仲間の魔族達がいる元の場所へと引き返し………………絶句した。


 そこには、一匹の生物を除き、生物の影は見当たらない。まだまだ生き残っていた筈の魔族達。もう一人いた魔将の姿は……ない。


 ただただ半径数百Mはあるクレーターがあり、その中心にこれを引き起こしたであろう怪物が佇んでいる。


――何をされたのか、わからない。一体何が起きた?


 疑問はひたすら溢れてくるが、絞り出すようにして、言葉に出来たのは一言だけ。

 

「……化け物め」


 声は震えている。

 戦意は完璧にへし折られた。

 体が悲鳴を上げながらも、クレーターから背を向けて、ラピドゥスは逃亡する。

 それは、上司――四天王に報告する為。という使命で言い訳にしながら、本音は一刻も早くこの場から離れたかっただけである。



 

 ――もっとも…………勇者は地獄耳。一匹の魔族が走り去ろうとしていることを察知することなど容易いことだった。

 


 



  

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