第二十八話 圧倒的な暴力
辺りは異様な空気が漂っていた。
仮面を付けた怪しいローブの男――――ブレイブに近付いた魔族の一人が、虫けらのように頭を潰されて殺されたのを視認してしまった魔族達は思考停止し、誰も喋ることが出来ない。
魔族である彼等にとって、人間とは基本的に無力な存在。
中には魔族を殺してくるような危険な個体もいるが、そういう輩は大抵が鎧を身に纏った人間――騎士である。目の前にいるブレイブは仮面に黒いローブの姿であり、当てはまらない。
――…………は? 何かの見間違いか?仲間が人間如きにあっさり殺された様に見えるんだが?
――……まさかあんなナリで騎士なのか? 騎士なら集団で行動しているし、伏兵が潜んでいる可能性もある……もしかして、今の状況まずいのでは……?
――いや、こっちにも数がいる! 騎士だろうとなんだろうと、返り討ちだ! それに、同胞を殺した人間に報いを与えなければならない!
ざわつく魔族達。同族の凄惨な死に様に怯むものもちらほらいる有り様だ。
ブレイブは、そんな魔族達を見て、追撃をしかけようとしたところで――
「てめぇらは、下がってろ!!」
一つの怒声が響き渡った。
その一声を聞き、ざわついていた
その声の正体をこの場にいる魔族の誰もが知っていた。この集団における最高位の立場の存在。
そうして、魔族の集団にモーセが海を割ったかのように一つの道が生まれ、そこから他の魔族よりも頭一つ大きい個体が堂々と現れた。
現れたのは、4mはある巨体を持つ、まるで鬼のような見た目をした魔族。
上半身は裸であり、赤い肌に筋肉の塊の如き肉体、血管も浮き出ており、それらが相まって、尚恐ろしさを引き立たせた。
いかにも力持ちという風貌であり、パワーで圧倒するタイプのパワーファイターであることが伺える。
そんな鬼の魔将は、ブレイブと頭を潰された魔族を見て、怒りを滲ませた。
それは、同族を殺された怒り――ではない。
たかが一般兵を潰しただけで、いい気になっている下等種族に苛立ちを覚えたのだ。
「舐めた真似しやがって……潰してやるッ!!」
魔族の真の恐ろしさを味あわせてやる。そう意気込んだ鬼の魔将。頼もしさすら感じさせるその声は、一般魔族兵達を安堵させた。
そして――
「ウオォォォ――――――!!!」
雄々しい叫びと共に魔将は、巨体に見合わない俊敏さで、ブレイブへと襲い掛かった。
――――――――――――――――――――
刻一刻と、近付いてくる鬼の魔将の姿を見ながら、ブレイブはふと思い出した。
原作の人間が言っていた言葉を。
何だったか……。あー、たしか……人間は、魔族に肉体面での力では到底及ばない。しかし、人間には遥か昔の先人達から受け継がれて来た技がある。人間は技で以て対抗するのだ、的なものだったな。
――技。
英雄とかは、この力自慢の魔族に対して、達人技で……例えば、力を受け流したりしてカッコ良く勝利を収めるのだろう。
ちょっと格好いいな、とも思う。ブレイブにはそんな達人技なんて出来る気がしない。
結論は出ている。
「残念だけど、武術の才能は普通なんだよなぁ」
ブレイブは苦笑した。それが答えだ。
ブレイブには、前世で実は武道を習っていて敵なしだったとか、そんな特別な過去なんてない。
同時に、原作ブレイブの武術の才能も引き継がれていないようである。
ブレイブが思うに、武術って感覚とかがモノをいうのではないか、と考えているので、そういうことなのだろう。
そうこうしている間に、魔将はもうかなり近い所まで来ていた。
「――やるか」
ブレイブも走り出す。件の鬼の魔将へと。
加速。ひたすら加速する。
スピードを落としたりなんてしない。
仮面とローブは魔力を纏わせて保護しておく、体は大丈夫でも服と仮面が破れてしまうのは勘弁だ。
そうして、ブレイブは鬼の魔将に向かって――――思いっきり、タックル。真っ向から体当たりした。
力自慢の魔族に力で挑むという愚行。
魔族VS人間の力勝負。体格的にも、どう考えても勝敗は見えている。
ただ――――ブレイブがただの人間ではなく、勇者という怪物だという点。それによって勝敗はあっさりとひっくり返った。
――――――――――――――――――――――
鬼の魔将の命を受け、後ろに控えていた、ある一般兵士の魔族は瞬きをした。魔将とブレイブが当たる丁度その瞬間に。
そして――その魔族は瞳を開けた時には、ブレイブしかおらず魔将の姿はどこにもなかった。
――魔将は一体どこに……?
疑問を解消する為に、まわりの魔族に尋ねようとして、気付いた。
周りをみる。まわりの魔族達は、口を呆然と開けて、上を見ていた。
――上に……何が?
疑問に思いながら、自身も上を見上げる。
ベッチャリとするナニカ。
苛立ちながら、取ると……
何の? もう一度上を見上げる。
……見上げて後悔した。すぐに先ほどの肉片の正体が分かってしまったからだ。
はたして――
宙を舞っているのは
認識するのに、少し時間が掛かった。
大型の車、否、新幹線に跳ねられたような衝撃を受け、空中を舞っていた魔将は、残念なことにもう人型ではなくなっていたからだ。そうだと、認識出来たのは、バラバラになった魔将の残骸の中に、千切れた頭部を発見出来たから。
鬼の魔将はブレイブとぶつかり合った衝撃で爆散。体の一部と青い血は、後ろに控えていた魔族達に降り注ぎ、他のパーツは数十m吹き飛んで、森に到達。木にぶつかって、グチャリと、青いシミへと姿を変えた。
今度こそ、魔族達は絶句。今いる自分達の集団の中で最高位の存在である魔将の一人がタックルされて押し負けただけでも驚愕するというのに、爆散死したのだ。恐ろしすぎる。
そして――
「なんだ。魔将も脆いな。
これなら魔法もいらないか。
――とっとと全部駆除しよう」
夕日が、ブレイブを照らす。
恐ろしい仮面を付けた
魔族は悲鳴を上げる。まるで人間のように。
人間と魔族。この場において、立場は逆転した。
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