第三十話 後ろを振り向いたら、勇者がいるよ★



 

 己の筋力と魔力の補助によって、重力に逆らいながら、遥か上空へと跳び上がったブレイブ。

 森で一番高い巨木を越え、魔族を発見するのに役立った岩山すらも跳び越え、元々いた森の開けた場所が小さな点程の大きさに見える様になったところでようやく停止。重力によって自由落下した。


 跳んだ理由は、単純に威力を上げる為。

 落下時の重力加速度を利用すれば威力が上がるのでは? という思い付きによるものである。

 

 岩山、巨木の天辺も既に通り過ぎた。地面との衝突は近い。

 

 そして――――とうとう地上と激突する瞬間。ブレイブは右足を大きく振り上げ、踵を勢いよく地面に落とした。かかと落としである。

 

 地面は大爆発したかのように吹き飛び、衝撃波を発生させ、周りにいた魔族も木も草も何もかもが纏めて消失し、ぺんぺん草も生えない巨大クレーターを生成するに至った。


 この踵落としに、技名はない。重力によって加速しているとはいえ、ブレイブにとって踵落としは踵落としである。

 こんなにわざわざ技名を考える気にはならなかった。適当な――それこそ、ジャンプ踵落とし、で充分だ。






 クレーターの中心で、ブレイブは仮面で隠されているが、不満げな表情を浮かべていた。

 不満は、ジャンプ踵落としの威力にある。


「ジャンプ踵落とし、弱っわ……やっぱ魔法しか勝たん」


 それが、ブレイブの感想だった。

 ジャンプ踵落としは、労力のわりに見合った威力を出せない。魔法であれば、この程度のクレーターなど一瞬で作れるというのに、魔法無しとなればジャンプという手間が掛けて、ようやくこの威力である。


 それに、今回は魔将だったからどうにでもなったが、四天王相手に悠長に重力落下なんてしていたら、攻撃してくださいと言っているようなものだ。的になる予感しかしない。

 威力も大した物ではなく、大きな隙も生まれる。これを欠陥技と言わずして何と言うのだろう。


「やっぱり、どうにも近距離は苦手だ」


 このジャンプ踵落としが、一撃でフィリグラン大陸を叩き割ることが出来る威力なら、ブレイブも文句は無い。むしろ、一撃必殺の技として使えるので高く評価するだろう。

 ……果たしてそんな未来がくるかは分からないが……取りあえず今の有り様では、役に立ちはしない……。


 


 ブレイブはそう結論を下すと、生き残った魔族がいないか、周りを見渡した。


――見た感じ、生き残りはいないな。だが、一応万が一がある。次は音で調べよう。


 ブレイブは耳を研ぎ澄ませた。クレーター内はとても静かだ。自分以外に動いている生物はいない。

 では、もっと遠くは?

 さらに集中し、耳を澄ませたブレイブは、一匹の足音を拾いとった。こちらから遠ざかる足音がある。動物では無い……恐らく魔族のものだ。


「……生きてたのか――まぁ丁度いいや」


 別に、魔族なんて大量にこの大陸に攻めて来ているのだから、そこらを探せばすぐに見つかるだろうと、簡単な気持ちで皆殺しを実行したが、どうやら一匹取り逃がしてしまっていたらしい。



 一応、あれから逃げおおせたということは、一般兵士の魔族では無く、魔将の可能性が高い。


「さて、どうしようか」

 

 王国側にいる時点で、カエルレウムの部下ではなく、他の四天王の部下だと思われる。 

 泳がして、案内してもらった所で、カエルレウムに行き着くことはまずないだろう。おそらく風か土の四天王にかち合うことになる。


――泳がせるのは無しだな。生け捕りにして尋問が安パイか。


 もしかしたら、カエルレウムの居場所といった重要な情報を持っている可能性はある以上、それが最善だとブレイブは考えを纏め、


「さっさと追いつこう」


 早速行動にうつす。 

 音が聞こえた方向に体を向け、隔絶した身体能力で以て、その場から一瞬で消えた。


 

   

――――――――――――――――――――



 

 ラピドゥスは、必死に逃亡していた。

 ――何度も後ろを振り返りながら。

 

 いつ後ろから、あの仮面の人間が追い掛けてきてもおかしくない。そんな不安に駆られ、何度も、何度も後ろを振り返った。

 

 しかし、何度見ても、仮面の人間の姿は見えない。


 ……逃げ切れたと、判断し、ラピドゥスは心底安堵した。そして―――

 

「――――クソッ!!」


 悪態をついた。

 恐怖は段々と薄れ、怒りへと変わっていく。


「体が痛い……!」

 

 ……何故こんな目に合わないといけないのだ、とラピドゥスはこの世の理不尽を嘆く。


 大体、ラピドゥスが何をしたというのだ!

 ラピドゥスは人間に対して友好的な魔族だった。

 もちろん、人間を何千匹程度は殺したが、ラピドゥスよりも殺した魔族なんて山ほどいる。全く問題ない。


 そして何より、ただ人間を減らし絶滅させるのは勿体ないと考え、増やすつもりだったのだ。


 ラピドゥスは、ガウディウム教なる人間の新興宗教を利用しようと計画を立てていた。

 ――あれほど身の程をわきまえて、従順なのであれば、飼育することが出来る。そう考えていたのである。

 フィリグラン大陸を征服し終わった後、新たな人間の供給が失われてしまえば、魔族はお気に入りの玩具を失うこととなり、悲しむだろう。

 だが、今回の手柄でガウディウム教徒を手に入れ、全てを消費せず、一定数放置しておけば、勝手に繁殖して増えてくれる人間牧場の完成だ。

 それからは、自分で楽しむ分は確保し、余分は売ればいい。そう考えて――



 だが、そんな気はもうさらさらない。



 当たり前だ。こんなボロボロにされ、ひいては屈辱の逃亡。ラピドゥスの名声に間違いなく傷がつくことだろう。考えただけでも、はらわたが煮え返る。

 

 そうだ、人間に慈悲なんて掛けるべきでは無かったのだ!

 心優しいラピドゥスの下等種族への思いやりは、無碍にされた。許し難い!


「あの仮面の人間め、後悔しろ! いくら底知れない程強いと言っても、それは四天王も同じこと! 魔将が手も足も出なかった旨を余すことなく四天王に伝えれば、排除に動くことだろう! それでお前は終わりだ!」



 ラピドゥスは、四天王に為すすべも無くやられ、絶望しながら殺される仮面の人間を思い浮かべ、ほくそ笑んだ。


 そうして気分が良くなったまま、後ろを振り向く。

 これが最後の一回だ。いないことは分かっている。自分の不安を完全に断ち切る為の儀式のようなものだ。

 

 どうせ、あの仮面の人間は魔族全員を倒したと勘違いし、息抜きでもしているに違いなかった。


 どうせ誰もいない。今まで通り、全て杞憂に終わる。




「ほら、やはり誰もいな、い――――」




 見つめられていた。


 

 


―――が目と鼻の先にある。



 

――息を呑む。




 つい叫ぼうとしたが、口から出たのは、ゼーゼー、ヒューヒューと喉が鳴った音だけだった。

 

 そして――苦しい。呼吸が上手く出来ない。

 


 どうして――どうして、だ! 逃げ切れたと思い、絶望から立ち直り掛けていたというのに、こんなのは……あんまりだ!!



 

 思考が乱れたラピドゥスは、至近距離からの仮面の人間の言葉によって現実に引き戻された。

  

「逃げられると思うなよ?」



 真の恐怖。それによって、ラピドゥスはようやく、悲鳴を上げることが出来た。


「……ひ、ひいぃぃぃぃぃ――――!?」 

  

 みっともない悲鳴を恥ずかしげもなく、上げる。

 絶望し、復活したラピドゥス。その心は今再び、絶望に落とされた。





 

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