第二十話 今生の別れのような対応されたんだが……



 ギルドの修練場へ近付くにつれて、「ふんっふんっ」という掛け声のような音も大きなっていった。やはり修練場で間違いは無さそうだ。

  

 そして――とうとうギルドの裏手にある修練所にたどり着いて、中に踏み入ってみると、そこには――――、 


「――ふんっふんっ!」


 ――――大量の汗を流しながらも、必死に巨大な斧で素振りをしているグレッグさんがいた。


 ……思いっきり知り合いだったな。

 

 でも、丁度いい。これから街を出ることになるんだし、グレッグさん達に挨拶しておこう、と思っていたのだ。

 

「こんにちは、グレッグさん」


 声を掛けると、素振りに集中していたグレッグさんはようやく俺の存在に気付いた。

 

「ふんっ――ん? その声は。

 おー、やっぱりブレイブじゃねぇか。お前も鍛錬しにきたのか?」


「いえ……なんかギルドに行ったら、掛け声っぽい声が聞こえたので、気になって来てみた感じです。そしたら、グレッグさんの姿が見えたので挨拶しとこうかな、と。

 それにしても……珍しいですね。グレッグさんが修練所を使ってるの初めて見ました」


「……まぁ、な。

 強くならないといけねぇ理由が出来ちまった」


 理由……今の時期ってことは――、

 

「魔族関連ですか?」


「……おう。まったく魔族共もタイミングが悪りぃよな。まさか、生きている内に、おとぎ話だと笑っていた魔王の侵攻を経験することになるとはよぉ。

 ……それにしても、ブレイブお前はいつもと変わりない……いや、少し雰囲気が違うな。

 無理もねぇ……、ベテランの俺でも不安を御し切れないんだ。むしろ、大したもんだぜ」


「……いまいち実感が湧いてこないだけですよ。人類が滅ぶっていう実感が……。

 ところで……ジェイクさんとラッセルさんはどうしたんですか?」


 いつもグレッグさんと一緒にいる二人の姿が無いのが少し気になった。

 グレッグさんは……少し暗い顔をすると、


「……あいつ等は、パニックを起こして、宿に引きこもっちまったよ」


「そうですか……」


「――で、リーダーとしてやれることは何かって考えた結果、俺は鍛錬をすることにしたのさ。

 いずれ魔族共と戦うことになるだろうからな、俺も強い方がいい」


「……」

 

 グレッグさんはたしかに経験豊富なベテランの冒険者だが、さすがに魔族と戦うのは無茶だ。

 そう思っていた俺は表情に出てしまっていたのだろう。

 グレッグさんは少し苦笑いし、俺に告げた。

 

「……魔族に勝てる訳ないのに何をしてるんだって顔してるな」


「……っ!? そんなことは……」


 無い――俺がそう言う前に。グレッグさんは、肯定した。


「いや……間違ってねぇ。俺自身そう思ってるんだからな。

 国や貴族が召し抱えるような、バカみたいに強い騎士達……それをゴミみたいに殺せるのが魔族って生物だ。

 俺は平凡な冒険者。自惚れてねぇさ。

 戦うまでもなく、分かる……魔族には勝てないってよ」


「……」

 

 グレッグさんは、「――それでも」、と続けると。


「ジェイクとラッセルが、下を俯いたまんま、今にも完全に心が挫けちまって廃人になりかけてたんで……放っておけなくてな……。

 つい――啖呵を切っちまったんだよ。いつも……喧嘩相手に対して言うように……。


 ――誰が来ようが、俺が全部ぶっ飛ばすってよ」


 グレッグさんの斧を持つ手は震えていた。


「ハッ……正直無謀だよなぁ。俺も言った後、後悔した。

 だが、啖呵を切っちまったからにはって、こうして鍛錬してるのさ……実力を上げること自体は無駄にはならないだろうからな」


 ……の為にそう言えるのが、グレッグさんの凄いところだ。

 ジェイクさんも、ラッセルさんも以前、助けられた経験があると、嬉しそうな顔で、俺にグレッグさんの武勇伝を話してくれたことがある。


「それでも……きっと二人にとって心強い言葉になった筈です」


「……そうか」


 グレッグさんは、そう呟き。何秒かの沈黙の後――斧を持つ手の震えは止まっていた。




 

 さて――本題のお別れをするとしよう。

 馬鹿正直に――四天王を倒しに行くなんて言える訳ないし……ここは――。

 

「グレッグさん……実は……今日はお別れの挨拶をしにきたんです。

 ……里帰りします。故郷の村は、戦力になる人間も少ないので、俺でもいないよりはマシかなって思い至りました」


 本当は欠片も思っていないことを、グレッグさんに伝えた。

 グレッグさんは少し目を見開き、驚いていたが――、


「………………故郷に里帰りか……。ギルド長もそうだが、この街から人がどんどん居なくなっていくな……」


「急ですみません」


「……気にすんな。

 故郷でも……元気にやってけよ。

 ……まぁ……その、なんだ。そんな希望なんて無いのかも知れねぇが……また……いつか会えることを祈ってる。

 その時は、俺の楽しみに残しているとっておきの高けぇ酒で乾杯しよう」


 ん? なんか深刻な感じが……。

 

「……あ、はい。

 ……グレッグさんもお気をつけて。」


「あぁ……ブレイブ。また生きて会おう……達者でな」


 ……なんかグレッグさんに、今生のお別れみたいな対応されてるんだけど。

 ……殺されそうになったら、あっさり戻って来るつもりなんだけど……。


 俺はその場を後にした。斧を振るう音と、掛け声は、冒険者ギルドの中に再び響いている。




 まぁ、何にしても、俺は一人で戦うことになりそうだな。


 グレッグさんに事情を話して、一緒に行かないか、と仲間に誘うことはしない。ジェイクさん、ラッセルさんには、グレッグさんが必要だ。

 

 


 



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