第十五話 平穏じゃなくなった日


〔三人称〕




 『ソレイユ』の快進撃はしばらく続いた。

 

 ・四天王直轄の魔将であるエクレール姉妹の撃退。

 ・ネーベル平野での魔将エーデの討伐。

 ・魔族に占領された城塞都市メルヴの奪還。 


 ――等々、いい知らせばかり。人々は、さぞ安堵したことだろう。一時はどうなることかと思ったが、これなら大丈夫だと。

 そんな『ソレイユ』の功績の中には、先見の英雄カインが率いる“ワールドブレイカー”の名もあった。






 だが、忘れてはならない。魔王がフィリグラン大陸の人類を滅ぼす為に送り出した、最強の四人の尖兵――――四天王を倒すことでもしない限り、魔王軍には、大した痛手にはなり得ないということを。

 魔王軍の階級は、魔王→四天王→魔将→一般兵。

 魔将とは、階級上は四天王の一個下にあたる存在だが……それなりにいる。一匹倒したぐらいでは、喜んでばかりはいられないのである。


 

 それでも民衆は、かの先見の英雄カインとその仲間達、“ワールドブレイカー”という、最新にして最高の英雄パーティーが大活躍しているのだから、期待してしまう。 

 一年前の王国、帝国の大戦争を未然に防いたことは記憶に新しく、一度は魔族に負けはしたものの、『ソレイユ』が発足してからは、負けなし。

 更なる鍛錬に励み、これまで以上に強くなっているとも聞く。


 彼等と二国間が協力しあった『ソレイユ』ならいずれ、全ての魔族を倒して、平和を取り戻してくれる。

 これまで倒せなかった魔将が討てたのだから、これからは人類の反撃が始まって、ハッピーエンドとなるだろう。そう、信じていた。





 

 

 

 だが、結果として――――そんな日は訪れなかった。

 

『ソレイユ』発足から少し経ったある日。

 その日届いた情報は…………吉報などではなかった。


 人類という種が滅亡の危機を向かえていることを否応なく連想させる凶報。

 

 ――――人間、心の底では、なんだかんだ最後は何とかなるだろ、と思っている。

 自分達、人類が滅びる訳なんかない。そんな――根拠のない自信を持っている。


 そうした人間の考えは、その凶報によって、いとも簡単に崩されたのであった。 


  

――――――――――――――――――――


〔ブレイブ視点〕




 それが起きたのは、俺がギルドの酒場でいつものようにグレッグさん達三人組とご飯を食べていた時だった。

 

 ――バンッ


 と、音を立てて、ギルドの扉が乱暴に開けられた。往々にして、粗暴な者が多い冒険者であれば、特に珍しくない――――だが、そのようにして扉を開けたのが、ギルドの受付嬢だったことに、少し驚いた。


 手に何やら書類を持った彼女は、焦っている様子で、そのままでギルドの中を突き進み、そんな行動を咎める他の受付嬢を、後にしてください、と一蹴。

 ギルド長に早くこの情報を届けないと、と続け、奥の部屋に入っていった。


 礼儀正しく品位のある立ち振る舞いが求められる、受付嬢という職。そんな職に就いている人間が、立ち振る舞いをかなぐり捨てて、急ぐ程の――何かの異常事態が起きている。


 ――――彼女の顔は青くなっており、とても良いお知らせとは思えなかった。






 

 

「――――そんな、馬鹿なッ!?」


 例の受付嬢が来てから、数分後。

 奥の方の部屋にいるギルド長の大絶叫がギルド内に響き渡る。


 そんな声を聞いて、多分この場にいる冒険者全員、なんとなく察したと思う。


 ――――あぁ……このご時世、魔族関連のものに違いない、と。

 

 それからさらに30分後、例の受付嬢とギルド長が一緒に出てきた。

 例の受付嬢は、部屋の外で待ち構えていた他の受付嬢達に囲まれ、問いただされていたが、彼女が一言か二言、何か話すと彼女達の様子までおかしくなり、足に力が入らなくなったかのように、力無く、へたり込んで、むせび泣く人もいた。


 

 ――この街の近くに魔族の軍でもやってきてて、援軍も期待出来なくて絶望的、とかかな?

 もしそうなら、こっそり解決するか。

 その程度にしか、この時の俺は思っていなかった。


 


 


「……さっきは、大声を挙げてしまって悪かったな。……内容を気になっている者もいるだろう。

 悩んだが、ここにいる冒険者にはとりあえず伝えることにした。悪いが、この場にいない仲間には、自分達で伝えてくれ。

 …………この凶報を」


 ギルド長は目を伏せたまま、そう告げた。


 ギルド長は今まで、魔物の群れに街を襲われたときに、凶報なんて言葉で表したことがない。

 また懲りずに来やがった、ぐらいで笑い飛ばすような豪胆な性格の持ち主だ。


  

 ――それが今ではどうだ。

 冷や汗をびっしりかいて、唇まで青紫色に変色している。普段では考えられない、尋常ではないその有り様に、冒険者達はヤジを飛ばしたりすることはせず、ただただ見守った。


 ――しかし、ギルド長は口をパクパクさせたりするだけで、一向に喋らない。いや、喋れない。

 まるで、どう伝えていいのか、決めあぐねているかのように。


 そんな沈黙に耐えきれなかったのか、一人の冒険者が陽気な風を装い、尋ねた。

 

「……へへっ、ギルド長。そんな脅かそうとしないでくださいよ。どうせ、いつものように魔物が襲ってくるとかでしょう?」


「……違う」


「違うって……じゃあ何なんすか?

 こっちも心の準備ぐらい出来てるっすよ」


 その言葉を聞き。

 ギルド長は声を絞り出すようにして、

 

「…………………………魔族対策組織『ソレイユ』が壊滅した」


 衝撃の事実を述べたのだった。

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