第47頁 登校日
第3章では、再び地上へと戻ったジョナサンが若かりし頃の自分と同じ“飛ぶ”という事を追求しようとした為に群れを追放されたしまった、若いカモメ達に自分の知り得る全ての事を教える。最終的には、周囲の反対を押し切って、自分達を追い出した群れへと帰り、自分の得た知識を伝えようと試みる。一応、ここで“愛”を学ぶ工程は終わったのだと思う。そうして物語は、ラストを迎えるのだ。
薄い本だが、内容は相当難しい……。松野くんも初めて読んだ時は、意味が分からなくて、時間を空けてもう一度読んだと言っていたけれど……。私は既に初見と合わせて3回読んでいるのに全然分からない。そもそも世界観が把握出来ていない。これは私の持論だが、世界観が把握出来ないとその世界での法則が分からない。法則が分からないと、物語が重要視している事が分からない。つまり、何もかも理解出来ないという事である。せっかく松野くんが薦めてくれた本を理解出来ないなんて、そんなの絶対嫌だった。でも、一人で考えるのも限界で、松野くんの見解を聞いてみたかった。彼は、これらをどう捉えているのだろうか?
“……今日、先週と同じ時間に行けば、松野くんに会えるかな?”
先週も同じ、土曜日の16時。先週より、もう少し学校に気を遣って、図書館へ向かった。本の貸し出し期間は、2週間あるので、そんなに焦って此処へ来る必要もなかったけれど、ソワソワして落ち着かないし……。それに夏休み中の今、松野くんと運良く遭遇出来る場所は、此処だけなので、足を運ぶ言い訳があるのは有り難い事だった。
先週と変わらない古くて薄暗くて、でも活気のある、その図書館の2階に上がり本棚の間をゆっくりと歩く。平静を装ってはいるけれど、心の中では、ずっと松野くんを探していた。暫く探して見つからないから、閲覧コーナーへ移動して、そこにある長テーブルに腰を落ち着けて、図書館に出入する人達を見ていたけれど、松野くんは見つけられなかった。初めてこの図書館に来た日に、幸運にも松野くんに会ってしまったから、簡単に会えるような気がしていたけれど、あまりに無謀な計画だったと思い直して、大人しく帰路に着いた。あと数日で登校日だ。登校日に松野くんと話せる時間はあるだろうか。登校日の放課後は、
——————二学期からは、毎日挨拶しなよ?
電話でのやり取りを思い出して、頬が少し熱くなる。
「……頑張ってみようかな、私」
傾いた陽のお陰で、少し涼しくなった風の中、自転車を漕ぎながら決意した。
そうして、登校日である。毎日毎日、受験勉強と【かもめのジョナサン】の解読に明け暮れていた私は、疲れ切っていた。今日は、甘い物でも食べながら癒されよう。学校近くの最寄駅で下りたところで、あるポスターに気が付いた。
【ロミオとジュリエット】
その文字に目を奪われ、思わず立ち止まった。【ロミオとジュリエット】と言えば、松野くんの好きなシェイクスピア。私は吸い寄せられるようにポスターへ近付いて、まじまじと見た。お芝居のポスターだと思っていたそれは、お芝居ではなく舞踊公演のもので、綺麗なポーズを取る女性の姿が印象的な、俗に言うお洒落なポスターだった。
“舞台かぁ……。そう言えば松野くん、シェイクスピアは舞台か映画で観た方が良いって、言ってたな……”
本当に少しだけ、ふと浮上した私と松野くんが2人、連れ添って歩く姿……。
“いや何考えてる!”
慌てて自分を叱咤して、有り得ずも魅力的なその図を頭の中から打ち消した。最近の私は、本当にどうかしている。松野くんと2人で過ごす事が自然過ぎて、何か勘違いをしてしまっているんだろう。浮かれて酷い目を見る前にクールダウンしないといけないかも。気を持ち直し、視線を無理矢理ポスターから剥がして、学校へ向かう。
“……8月24日、アートセンター潮巳 大ホールか。舞踊公演て書いてあったけど……バレエみたいに物語になっているダンスの事って、何て言うんだろう?”
“舞踊劇……とか?”
“踊りながら、台詞を言うのかな? ……それともオペラや京劇みたいに字幕があるとか?”
“そっか! ミュージカルみたいな……だったら、最初からミュージカルって書くよね……”
気を持ち直したとて、道中そんな事ばかり、考えていた。
教室は入ると希ちゃんが待ってましたと言わんばかりの勢いで、私の側へと駆け寄って来た。
「香絵、おはよう!」
「おはよう希ちゃん。久しぶりだね」
「今日の約束、覚えてる?」
「勿論! 何処行こうか?」
「学校の最寄りから、電車で二駅の駅ビルに行きたいんだ〜。改装してたでしょ? 新しくなってから、行ってなくて」
「私もまだ行った事なかったから、行きたい」
「良かった。めっちゃ語ろう! とにかく語りたい!」
希ちゃんと今日の打ち合わせをしながら、自分の席に荷物を下ろした時、教室の前から大きな声が聞こえた。
「お、
「あ? 蒼唯じゃねーや。誰?」
「蒼唯だよ!」
「
声に釣られて出入り口の方を見ると、松野くんと松野くんの兄弟の姿が……って、あれ? どっちが松野くんだ……?
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