第46頁 僕大好きさ
「初めて自分の好きな物を『好きだ』って言えた人なんだ」
「はあ?」
「俺がずっと言えなかった事を認めてくれた……『面白かったよ』って言ってくれた人なんだよ! 誰かのフリしてでも……喋りたいじゃん! 会いたいじゃん!」
まるで口が勝手に動いているみたいに言葉がスルスル出てきた。言葉にしてみて初めて、自分が彼女の事をそんな風に思っていたのかと感情とは裏腹に頭の片隅で呑気な事を考えていた。ずっと、自分が何を考えているのか分からないような気がしていたけれど、冷静になれば、俺の行動はそのまま、答えだったな。そんなの……
——————それで政夫さんは野菊が好きだって……
——————僕大好きさ
「何だよ、黙って」
俺は、俺と高橋さんの結末を知っている。どんな方法であれ、真実が明かされて、大事だった物は、失くなるのだ。この恐怖心を簡単に語るなよ。俺に無い物、全部持って生まれてきたお前が。
「お前には、分からないよ」
茜祢が目を大きく見開いた。殴られるかと思ったけれど、茜祢は苦しそうに目元を歪めて、下唇を噛むだけだった。
「……アキくん、泣くなよ」
「え?」
茜祢にそう言われて、慌てて自分の頬や目元を触るけれど、俺の肌は何処も濡れていない。勿論、視界だって霞んでいないし、鼻の奥も痛くない。
「泣……いてない、けど。お前、何言ってるの?」
そう言って、茜祢に視線を戻して、今度は此方が目を見開く事になった。目の前の茜祢が今にも泣き出しそうな顔で立っているからだ。茜祢の目にも涙は浮かんでいなかったけれど、まるで泣いているように見えた。
「……茜祢こそ、泣くなよ」
努めて笑顔で返すと、茜祢は俺に背を向けて、1人で家へ向かって歩き出した。
◇ ◇
夜も更けた頃、お風呂から上がった私は、小学校を卒業して以来、5年ぶりに自分から友人に電話を掛けた。夏休み前に
「え!? 初めて行った場所で、ばったりって事? もうそれ運命じゃん!」
電話の向こう側で、希ちゃんの声が響いている。“運命”って言葉の響きが何とも甘美で、私はフルルッと身震いした。
「大袈裟な……」
「だって、上がる事ない?」
「舞い上がりました。嬉しさで」
「でしょうね。それにしても、意外だったな……」
「意外?」
「蒼唯よ。優しいところあるな〜って。しかも、文学の良さが分かる男だったとは……私はてんで分からないのに」
「ああ、私も彼は、本なんて読まないタイプかと」
「素敵じゃない。合わないと思ってた者同士の好きな物が同じで、放課後の図書室で待ち合わせって、ドラマかいな!」
「待ち合わせてないってば」
「あははははっ……て、あれ?
「え? うん、話さないね」
「は!? え、意味分かんないんだけど。そう言えば、教室で挨拶してるのすら、見た事がない……」
「あー……うん」
「それ絶対ダメ。挨拶くらいは出来るでしょう!?」
「緊張して……」
「馬鹿なの!?」
希ちゃんのおっしゃる通り過ぎる。
「二学期からは、毎朝挨拶しなさいよ?」
「……はい……」
希ちゃんとの電話は、そこから更に30分くらい続いた。希ちゃんは、私の内気を心配してか、時々小言を挟みながら、ずっと応援の言葉をくれた。日付が変わるまで喋って、最後は2人とも眠気で沈黙の時間が増えてきて、ようやく切ったのだった。
◇
松野くんと図書館でばったり会って、希ちゃんと電話した日から、一週間が経った。この一週間、特に変わり映えのする出来事は無かったし、奇跡的にまた松野くんに会うなんてミラクルも起きなかった。生活に変化した事があるとすれば、図書館で借りてきた【かもめのジョナサン】を毎晩毎晩、寝る前に読み込んでいる事……でしょうか……。先週の土曜日から今日までの間に2回読み直した。勿論面白い。……面白い?
今の状態の私が軽々しく「面白い」と言ってしまって良いのか分からない。でも決して読むのは苦じゃないし、読めば読む程、新たに気付く事がある。という事は、やっぱりこの作品は面白いのだと思う。……でも、読んでも読んでも全く意味が分からないのだ。世界観にすら付いて行けていない。正しく、大混乱。分からな過ぎて、最早焦る。
松野くんは、これを理解していると言うの!? ひいいいっ!!
【かもめのジョナサン】は、3つの章に分かられていて、第1章は地上でのジョナサンを描いている。松野くんが言っていた、“理解されない”シーンだ。
第2章で次の世界。私は最初、そこが天国なのかと思っていたのだけれど、天国ではなく、ジョナサンも生きていた。その天国のようで、天国ではない場所で、ジョナサンは自分と同じ価値観を持つカモメ達と多くを学び、飛行技術や“飛ぶ”事を更に追求し、習得する。遂には、存在や物体、時間の概念の向こう側(?)へ到達し、“愛”を学ぶ段階へと進むのだ。この時点で、私の思考はこんがらがっているのだが、それを無視してページを進める。
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