第42頁 海外文学に触れる2




 私は本棚の中から【かもめのジョナサン】を探して、手に取った。



「よし!」

「どうする? 先に借りてくる?」

「ううん、帰りに借りるよ」



 私達は、松野くんの言っていた飲食OKというスペースへ移動した。そこには、シャッターの閉まった売店と自販機があって、丸テーブルが4つあって、それぞれに椅子が4つずつ置いてある。時間も時間だからか、私達以外には誰も居なかった。適当な場所に2人で向かい合って座る。考えちゃ駄目だと思いつつも、何だかデートみたいと考えずに居られなかった。



「なんか飲む?」



 すぐ隣の椅子に荷物を置きながら、松野くんは尋ねた。



「うん、飲む。松野くんは?」



 私も隣の椅子に置いた鞄の中から財布を探しながら答えた。



「飲む〜。ここの自販機、紙パックしかないんだけどね」



 言って松野くんは、立ち上がると自販機へ向かう。私も彼を追って自販機の前へ行くと、彼の言った通りに紙パックのジュースやヨーグルトドリンクしか置いていなかった。



「炭酸もコーヒーも置いてないっていうね……。高橋さん、何飲むか決まった?」

「私、飲むヨーグルトのプレーンにしようと思って」

「はーい」



 言うが早いか、松野くんが自分のお財布を開いて、中から小銭を取り出すと、それを現金投入口へと入れた。そして流れるように飲むヨーグルトのボタンを押す。ピッという電子音とガコガコンという重い物が落ちる音を聞いて、私はようやく状況を察したのだった。




「え? あ、松野くん! あの、自分で買うよ! お金持ってきたし」

「ああ、そんなんいいよ〜。俺が誘ったし、ジュースくらい大した物じゃないし」

「いや本当に! そういうつもりじゃないですから!」



 屈んで、取り出し口から飲むヨーグルトのパックを取り出して、こちらへ差し出す松野くんに、負けじと財布の中から百円玉を引っ掴んで、私も差し出した。けれど、彼は笑うだけで受け取ってはくれなかった。



「分かってるよ。高橋さんがそういうつもりじゃないって事は。でもさ、たった90円よ? ここは、俺に花持たせてよ」



そう言われてしまえば、しつこくする訳にもいかず、何も言えなくなってしまい、ぼそぼそと「ご馳走様です……」と頭を下げた。差し出された飲むヨーグルトを受け取る。


「ありがとう、松野くん。……あ! 松野くんの分は私が買うよ!」

「それじゃあ、意味無いじゃーん」



 結局、私はジュース代を払わせて貰えなかった。松野くんが買っていたのは、乳酸菌飲料で、チョイスが可愛くて頬が緩んでしまう。勿論、本人に伝えたりはしなかったけれど。

 椅子に腰を落ち着けて、まずはご馳走して貰ったヨーグルトのパックにストローを挿した。お互い会話もなく、まずは一口。ヨーグルトは冷んやりしていて美味しかった。ヨーグルトを吸いながら、視線だけで松野くんを見ると、彼も私と同じようにストローを咥えたまま、目だけで私の様子を伺っている。目が合うと、2人して思わず噴き出してしまった。



「ぶふっ……くくくく……」

「〜!! ま、松野くん! 噴いちゃったよ!」

「え? 俺ー?」




 ストローから口を離して、松野くんは愉快そうに笑う。私はにやけてしまうのを何とか堪えようとしているせいか、頬の筋肉が不自然に痛んだ。きっと、凄く変な顔をしているだろうと思い、口元を手の甲で隠しながら、松野くんから視線を外して窓の外を見る。外はまだ明るかったけれど、ここへ来た時より、光の中に黄色が多く含まれている気がする。学校の図書室を思い出して胸が甘く疼いた。



 気が付けば、笑い声も聞こえず、シーンと静かだった。妙に思って、視線を松野くんへ戻すと彼は、唇をキュッと噛み締めて、両手をテーブルの下に置いて固まっていた。彼の目は、テーブルの上に置かれた紙パックを凝視している。そのまま黙って、彼の様子を伺っていると、不意に彼が目線を上げた。ぱちりと視線がぶつかると、彼は照れ臭そうに笑み崩れた。

 その笑顔を見る度に胸がいっぱいになる。馬鹿みたいに、毎回……。



「あー……なんか久しぶりだね」

「うん……。でも、夏休みに入って1週間しか経ってないんだよね」

「……あ……そう、だよね! まだ1週間……」




 ついさっきまで、あんなにペラペラと言葉が出てきていたのに、こうして対面で、改めて話すとなると、緊張してしまって上手く言葉が出なかった。いつもはどんな風に話していたか、と思考を巡らせる。




「えっと、松野くんは何を借りたの?」

「ああ、えっとね〜【スタンド・バイ・ミー】と【スノーグース】」

「あれ? さっき一冊しか持ってなかった気が……」

「よく見てる〜。その通り! 【スノーグース】は、書庫から出して貰ったんだよね」




 そう言うと松野くんは、鞄の中からボロボロの本を取り出し、丁寧な仕草でテーブルの上へ置いた。




「書庫?」

「うん。古い本らしくて、数年前まで絶版になってたんだってさ。だから裏で大切に保管されてるんだと」

「そんな本、よく見つけたね!」

「前に読んだライトノベルで、作中に【スノーグース】が出てきたから、ずっと気になってはいたんだ。探しても見つからないから、司書さんに聞いたら、書庫から出てきたから、びっくりした」

「へぇ〜、見てもいい?」

「うん、いいよ」



 私はなるべく優しく、その古い本を手に取って、表紙を開いた。扱いに気を付けなければ、ページがごっそりと取れてしまいそうだ。それ程にボロボロだった。



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