第39頁 夏休みなので
自他共に認める、おバカな俺を捕まえて、コイツは何を言っているんだ?と思ったが、相手は真剣そのものといった様子だった。
「いや……いやいやいや。え? お前だって、俺に馬鹿って言うじゃん」
「それは、軽口というか、本気じゃないもん」
茜祢は、俺に指摘されたのがバツが悪かったようで、口を尖らせて視線を泳がせた。
「アキくん、勉強は出来ないんだろうけど、それは馬鹿って事じゃなくて、勉強が苦手って事でしょ?」
「うん? ……うん……」
「なんか、アキくんて時々態とらしいって言うか、馬鹿に寄せるって言うか……なんか自分で自分の事を下げてるように見えて、俺気持ち悪いんだよ」
茜祢の言葉に息を詰めた。
“だって……”
詰まっていた息を吐く時、肩の力も抜けていった。荷物も下ろさず、突っ立ったまま呆然とする姿は、さぞ情けない事だろう。下げた視界に映る、何も持たない右手は、見るからに脱力していて、心許なかった。脳裏に甦るのは、裕二おじさんに言われた言葉だ。
——————格好つけたいばっかりで、知ったような口をきくのは恥ずかしいぞ。馬鹿は、弁える。
羞恥心が腹の底から込み上げてきて、居た堪れない。
「俺は、本当に馬鹿なんだよ」
やっと出た言葉は、自分でも驚く程に弱々しくて、悲しそうだった。
「違う」
茜祢は、ハッキリ否定した。でも、これ以上話す気になれなくて、俺は返事もせずに自室へと階段を上がって行った。
◇ ◇
夏休みに入っても、私の生活は普段とそう変わらなかった。進学希望の私は、いつも通り起床して、学校へ通い、希望者のみ対象の夏期講習を受けている。朝8時から13時まで、毎日4限分の色んな教科を復習したり、応用問題をやったり。更に、希望する生徒は、午後から先生付きの自習室を設けてもらえるらしいのだが、私は授業だけ聞いて帰っている。せっかくの夏休みだし、家でゆっくりと勉強するという心の余裕も必要なのだ。松野くんは、進学希望ではないのか、夏期講習で彼の姿を見る事はなかった。
夏休みに入って、2度目の土曜日。今日は授業も無いので、部屋でのんびり課題を開いていた。夏休みの宿題にプラスして、夏期講習の課題もやって、オープンキャンパスにも行かなければならない。嫌でも気持ちが焦る。そして、私はこの一週間、全くと言っていい程、小説を読んでいない。
“こんなペースで生きていたら、私……ダメになる……”
私は、勉強机から離れて、ベッドに寝転がった。天井をぼんやり眺めて考える。
“何かしよう。夏休みにしかやれなさそうな事”
思い立ったが吉日! すぐに行動をと起き上がっても、何をしようかは思い付かなかった。とりあえずベッドから下りて、本棚の前に立ってみる。考えてみれば、友達と出かける時以外、私は読書しかしていない。最近は、松野くんと一緒に本を読む事が増えたから、1人で読書なんて休日くらいだ。元々、本は購入したい派である私だが、松野くんと会う為に図書室を利用するので、書店で本を購入する事もグンと減った。3年になってから、私の本棚へ新たに追加されたのは、ほんの数冊。松野くんに教えてもらった、さくらももこ先生のエッセイ【さくらえび】と【さくら日和】以降は無い。
松野くんと言えば、彼は今頃どうしているだろうか? 私は、彼が何部の人間か知らない。でも、あんなに頻繁に部活の時間の後半くらいから図書室に顔を出せるんだから、運動部ではないだろうな。あ……でも、松野くんは足が速いって書いた気がする。緩い運動部とかあったかなぁ……。
「うーん……」
——————学校に行くのとは反対側に図書館があるんだよね。
突然浮かんだ松野くんの声。考えていた事とは、全く関係ないのに、なんで突然そんな事を思い出したのだろうか。
——————俺らん家、意外と近いのかもね。
徐々に甦ってくる、あの日の会話。
“行ってみようかな。あの図書館”
そう思ったら、少しワクワクした。もしかしたら、松野くんに会えるかも……なんて期待はしなかった……とは、言わない。でも、学校以外で会うのは恥ずかしいから、やっぱり会えなくていいや。
少し涼しくなったら自転車に乗って、図書館へ行ってみよう。そうと決まれば、私は勉強机の前にきちんと座り直して、課題の続きをする。少しでも多く進めて、何の気兼ねもなく図書館に行くのだ。
◇
16時、まだまだ陽は高いけれど、真昼間よりはマシな暑さだった。少々迷子になりながらも辿り着いたその図書館は、想像より古かった。夏休みの為か駐輪場には、沢山の自転車が停めてあって、空いている場所を探すのに苦労した。うちの近所にある図書館より、古くて小さかったけれど、車も沢山停まっている様子からして、利用者の多い、活気のある図書館なのだろう。松野くんも図書設備が充実してるって言ってたし。
自動ドアの前に立つと、ゴウンゴウン……と独特の音を発しながら開いた。
「わあー……」
小さく感嘆の声を漏らす。
“うちの近所の図書館より人が多い!”
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