第37頁 終業式の日
そこには、私の通学鞄を持った
「迎えに来たよ。あれ? 三つ子ちゃんじゃない。どっち?
「
「あ、ごめん」
希ちゃんは、茜祢くんを見つけて、挨拶するとすぐに視線を此方に戻した。
「LHRも終わったよ。体調どう? 荷物も持って来たから、動けそうなら帰っちゃいなよ」
「ありがとう。ごめんね、迷惑掛けちゃって」
「なんのなんの。茜祢は? 君も倒れたの? 荷物持って来てあげようか?」
「ありがとう。でも大丈夫。俺は動けるから、教室戻る」
「ふーん、そう」
茜祢くんは、そう言うとソファから立ち上がって、出入口へ向かって歩き出した。私の前を通り過ぎる際に「お大事に」と言い残して保健室を出て行った。
「流石一卵性だね。見分けつかないや。
「うん……そうだね……」
茜祢くんには、多分一度、図書室で会った事がある。テスト期間に入る直前だった。あの時の松野くんの弟が茜祢くんだったのだろう。彼も私の事なんて覚えちゃいないだろうから、わざわざ確認はしなかった。
それにしても、この3年間、松野くん達とは全く縁も接点も無かったのに、急に松野家の三つ子達が身近になった気がする。それだけ、松野くんを意識していると思うと恥ずかしく感じる。
“智翠くんと茜祢くんが……”
松野くんに関係する事をまた一つ知れたと思うと、心がふわりと浮き足だってしまう。もうこればかりは、仕方がない。
「あれ? 香絵〜どうしたの? ニヤニヤしちゃって」
「へ!?」
希ちゃんが目を三日月のように細めながら、揶揄うような笑みを浮かべている。私は慌てて首を振った。
「なんか良い事あったの〜?」
「いやいや! 希ちゃんが優しいから嬉しくて!」
「ふーん? どうだかなー?」
未だ疑わし気な視線で私の真意を探ろうとする希ちゃんに対して、必死に弁明をしていると、また保健室の戸が開けられた。
「香絵、希! 早よう帰るよー!」
「ちづ、あんた部活は?」
「そんなもん、サボりサボり」
「悪い奴だねぇ」
「香絵、体調大丈夫? 帰りにアイス食べて帰らん?って言いに来たの」
「お、それには賛成」
「でしょー? 香絵は?」
「行きたい」
「やった〜、行こう行こう」
千鶴ちゃんの登場により、うやむやになったニヤけ問題にホッと胸を撫で下ろした。
◇ ◇
高橋さんと蒼唯が接触した事を知ってから、俺は注意深く蒼唯を観察していたけれど、その後特別な事は無いらしかった。非常に静かな毎日が過ぎて、もう夏休み。今日は終業式だった。
「……んとに、何だよ!」
暑さでぶっ倒れるかと思う程、過酷だった終業式の帰り道だ。蒼唯が遂に我慢ならないと言う様に吠えた。
「俺まで部長に追い出されただろうが! 彫刻刀で串刺しにするぞクズ!」
耳にガンガン響く怒鳴り声に、俺は思わず耳の穴へ指を突っ込んだ。ビリビリと鼓膜が震えて擽ったい。
「っるせ……」
「っざけんな! なんでお前の機嫌が悪くなんの!?」
「アオくん怒りっぽーい。兄ちゃん八つ当たり嫌ーい」
「兄ちゃんだ? 八つ当たり?」
口角をひくつかせる蒼唯の額にビキィッと音を立てて、青筋が浮き上がった気がした。今日の学校は午前で終わりだったけれど、蒼唯が母さんに弁当を頼んでいたから、部活に参加するつもりだろうと当たりを付けていた。
食堂で昼を済ませた後、蒼唯が居るであろう美術部に顔を出した。俺の姿を見た蒼唯は、随分ギョッとした顔をしたけれど、俺が笑顔を返して手を振ると、げんなりと眉と口角を下げて俺から視線を外した。部長という女子に弟に用があって一緒に帰る予定だから、待たせて欲しいと話を付けて、蒼唯の後ろで絵を描いているのを眺める事になった。暫く黙って蒼唯が筆を走らせるのを見ていたら、蒼唯が振り返って言うのだ。
「自分の部活に行けよ。お前、そうだから3年になっても速記文字の一つもまともに書けないんだろう」
かっちーん。
そんな擬音が脳裏にぽんっと浮かんだとほぼ同時に俺の身体は動いていた。いや俺、ちゃんと書けるからね? 速記なのに書くのが遅いってだけだ。真っ直ぐ自分の元へ歩いてくる俺に怪訝な顔をする蒼唯の手から細い筆をひったくって、蒼唯のキャンバスに速記文字の五十音を書き込んでいく。
「はあ!?」
こうして自分の作品に落書きされた蒼唯は、激昂。兄弟喧嘩勃発という最悪の事態に流石の部長さんも、この迷惑は部員とその兄弟を外へほっぽりだし、今に至る。
「一体、どういう了見だよ!」
「だって……」
「だっても、へったくれも、無いわ! どうしてお前は、いつもそうなの?」
「蒼唯が先に喧嘩売ってきたんじゃん」
「はぁ?」
「速記文字の一つもまともに書けないって。俺が何したってーのよ」
「だからって作品に落書きは、どう見てもやりやり過ぎだろうが。有り得ない」
「ふんっ! ……てか、蒼唯は彫刻をやってるんじゃなかったの? いつから水彩画? おかげで俺の文字もデロデロだよ」
「写生大会に出るから、練習してんだよ。話逸らすな、馬鹿」
蒼唯はそう言うと、少し歩くペースを上げた。静かだが、ひりひりと伝わる蒼唯の怒りに流石の俺もヤバいと思って、慌てて蒼唯に並ぶ。
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