第33頁 赤点補習組の方の松野




◇ ◇





 高橋さんと最後に話してから、1週間が経った。どうしてそんなに長い事、話していないのかと言えば、俺の頭の出来の問題が絡まってくる。




智翠ちあき、ご無沙汰〜」

「やっぱりお前も赤点組か」

「例に漏れずね」

「毎度の事過ぎて、定例会みたいになってるよなぁ」




 毎回毎回飽きもせず、赤点を取る奴なんて、メンバーも決まっている。補修は年に2,3回ある恒例行事と化しているのだ。これから夏休みまで、放課後は補習があるから、高橋さんと会うのは2学期になってしまうだろう。少し退屈で、寂しい気もするが、俺には丁度良かった。

 

 あの日、高橋さんが俺に【銀河鉄道の夜】の話をしてくれた日から、俺は一つ心に決めた事があった。高橋さんに今までの嘘を全て打ち明けて、きちんと謝ろうと思っている。そう決心しても、やっぱりビビりで、根性なしの俺は、すぐにどうこう出来なくて、まず身近な所から変えていこうと考えた。人前で読書をし始めたのだ。家でも、教室でも。何も難しくない、ただ読書をするだけのこの行動一つに、俺は凄く緊張して、冷や汗もしこたまかいていた。何より居心地の悪さで、読書をしているにも関わらず、内容が全く入って来ない。暫くは、ただ本を開いているだけという時間を過ごしていた。

 最初は、自宅のリビングで本を開いていた。夕飯の支度をしている母さんは、特に気にしている様子は無かった。俺より後に帰宅した蒼唯は、「どうかしたのか?」なんて不思議そうに声を掛けてきた。心臓がドキリとして、本を持つ手にじわりと汗が滲んだが、俺は平静を装い「お前ね、俺だって本を読む事もありますよ」と返す。蒼唯は、少し怪訝そうに眉を顰め「そりゃ、そうだけど……珍しいなと思っただけ」と言い、そそくさと自室へ上がって行った。それと入れ替わるように、先に帰っていた茜祢がリビングに降りて来て、俺を見つけると目を丸くした。


「アキくん」


 蒼唯に声を掛けられた時ほどの緊張感は無いが、それでもやはり心臓の鼓動が早くなる。気まずさを感じて、少し目を泳がせた。随分弱気な態度だった自覚があるが、茜祢は目をぱちくりさせた後、少し嬉しそうな顔して、表情を緩めると「テレビを点けてもいいか」と尋ねただけだった。

 その後、降りて来た蒼唯も既に俺が読書をしている事に何の違和感もないらく、茶化すどころか俺の隣に座ってテレビを観ている茜祢に「本を読んでる人が居るのに、大音量でテレビを点けるな。下げろ」と言ってみせたのだ。これには、正直驚いた。此方としては、「柄にも無い」とか「すぐ飽きるだろう」とか言われると思っていたからだ。



 学校では、「えー!?」なんて驚いた奴も多かった。中には「キャラじゃねーだろ」なんて面白がって小突いてきた奴も何人かは居た。その度に言葉にし難い恥ずかしさを感じたけれど、俺とよく連んでる谷や飯田は、変な風に揶揄ってくるわけでもなく、「何読んでんの?」と聞いてくるだけだった。だから、恥ずかしさから本を閉じそうになっても、今の所は負けずに開き続けられている。

 俺が覚悟していたより、周りの反応は地味で優しかった。本当の所は、皆口にしないだけで「キャラじゃねーだろ」と思われているかもしれないけれど、気にしないように努めている。頑張るって決めたし、どう足掻いたって俺は本を読むのが好きで、それは変わらない。茜祢にも恥じる必要ないって言われたばかりだったっけ。それに高橋さんだって、本を読むのが好きなのだ。それを俺が恥ずかしがっているのは、凄く失礼というか……嫌だ! 俺が静々と読書をする事がどんな違和感であったとしても周りには慣れて貰うしかない。それが日常風景になるまで、俺は挫けずに他人の前で本を開き続けるんだ。そうこうしている内に何かと1週間が過ぎていったという感じだ。




「て言うか、智翠1人? 蒼唯は?」

「そのうち来るだろう。英語は赤点だった気がするし」

「お前等2人がそんなだと、茜祢の優秀さが際立つねぇ」

「それは言わない約束でしょう」




 その時丁度、蒼唯が教室へ入って来た。





「来た来た。蒼唯〜!」






 目敏く蒼唯を見つけた赤点仲間の樋口がひらひらと蒼唯に向かって、手を振っている。




「やっぱりお前も補習か」




 蒼唯が手を振り返しながら言う。




「いつもの事ですよ。ささ! 松野家御一行様のお席は、此方になりま〜す」




 そう言いながら、樋口は俺の隣の席の椅子を引いて、蒼唯に手招きをした。これには流石の俺もびっくりした。




「はぁ!? なんで学校来てまで兄弟並んで座るんだよ!」

「だって、お前等2人並んでると目立つからさぁ。先生の目がそこに集中してくれて有難いんだよね」

「あはは、最低な理由」




 いつの間にか近くへ来ていた蒼唯が笑いながら言うと、大人しく俺の隣の席に腰を下ろした。いつもなら、蒼唯の方がよっぽど兄弟で並ぶのを嫌がるのに、珍しい事もあるものだ。




「お、お前、正気か?」



 思わず聞けば、蒼唯は涼しい顔で答えた。



「どうせ俺たち2人は、当てられるんだ。今更何処に座ろうが一緒だよ」

「まぁ……一理あるな」




 実際、同じ教室内に同じ顔が2つ在るのは、相当目を引くらしく、補習の時の俺達2人の当てられる回数は他の奴と比べると、かなり多いのだ。俺の前の席に腰掛けている樋口は、此方を振り返ってニマニマしている。



「うーん、いつ見ても良い眺めだ」

「イケメン2人が並んでて?」

「馬鹿を言うな。ちゃんと鏡を見てみろよ」

「樋口、こんな男前を捕まえて、その言い草は無いんじゃない?」

「男前……とは?」

「こいつ〜!」


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