第11頁 一緒なら何でも楽しい
「太宰が気になるの?」
「うん。【人間失格】は、超有名だし【走れメロス】は小学生の時に授業で最初の方だけ抜き出して勉強した記憶があるし。去年、生誕100周年の映画やったじゃん!」
「【ヴィヨンの妻】?」
「そうそう。観た?」
「そういえば、観てない……」
気になってはいたけれど、モタモタしているうちに公開が終了してしまったのだ。【ヴィヨンの妻】は、私も読んだ事がないので、今度読んでみようかしら?とぼんやり思った。
「高橋さん観てないんだ! 絶対観てると思ってた!」
「気付いたら上映期間が終了してて……」
「その気持ち分かるなぁ」
松野くんは、神妙な表情で大袈裟に頷いた。
「俺も映画観てないんだけどね。でも気になってはいたから、太宰治も読んでみるかー!って思ったの」
「じゃあ、なんで1冊だけ三島由紀夫なの? 何が決め手で最終審査に残ったの?」
「んー……直感……だね!」
彼は、へらっと軽い口調でそう言う。直感は大事だ。私も作品選びは直感で決める事が多い。彼の言葉に「ふーん」と頷いたのを最後に続いていた沈黙は、時間にしたら割と短かったけれど、ぽかりと宙に浮いたような気まずさがあった。そんな沈黙を破ったのは、松野くんだった。
「高橋さんは、これ全部読んだ事あるの?」
「あります!」
「おお〜」
松野くんは簡単な声を上げると、ピーと口笛を鳴らして、「流石だね」と私を褒めた。
「この中で、お薦めとかある?」
「私は……4冊とも松野くん好きかなって思ったけど」
「4冊全部?」
「うん」
不思議そうな顔をする松野くんに、あまり偉そうに聞こえないように気を付けながら、言葉を選んで話す。
「でもね、まだ松野くんがどんなお話が好きなのか知らないから、あくまで妄想っていうか……」
「妄想?」
「いえ、あの! よ、予想!!」
言葉選びを早速失敗したが、時既に遅し。
私は恥ずかしくて顔に熱が集中していく。そんな私を見て、松野くんはケタケタと笑っている。それを振り切るように言葉を続けた。
「私的に太宰治は、男の子も好きな人が多いイメージなんです」
「ふんふん」
「特に【人間失格】とか、共感する人も多いし。この中でも【斜陽】は、女の人が主人公で、女性視点の話だから、【走れメロス】や【人間失格】とは毛色が違う……は言い過ぎだけど、男の人には読みにくいって思うかもしれないなぁ……と。でも、私は太宰作品の中で【斜陽】が一番好きなので、是非読んで欲しいんです」
「ほお」
「それで言ったら、【潮騒】も是非お薦めしたい作品だけど、これは完全なる恋愛小説だから、他3冊とはジャンルが違うんだよ。ん? でも、【斜陽】も……いや、恋愛小説とは違う……うーん……」
「おおー。なんか煮詰まってる感じするなぁ」
「うん、分かった。【潮騒】は恋愛小説で、後は別って事にしよう! で、【潮騒】は恋愛小説だから、男の人には刺さらないんじゃないかな〜って思うんだけど、松野くんは【野菊の墓】も好きって言ってくれたから……。だから、意外と【潮騒】も好きなんじゃないかなって思ったり……」
松野くんは、要領を得ない私の話も、その大きな目をくりくりさせながら、一生懸命聞いてくれている。そんな風に一生懸命聞いてくれると、途端にこの長ったらしくて要領を得ない説明に罪悪感が湧いてきた。
「だから結局は……4冊全部お薦めというか、読んで損はないというか……」
自分で自分をどつきたくなるくらい煮え切らない答え方をしてしまった。後々、話が違う!と言われたくなくて、慎重になり過ぎて、ハッキリした言葉を一つも伝える事が出来なかった。そんな自分に呆れると、気持ちが落ち込んで、目線も同じように下がっていった。
「……ハッキリしなくて、すみません」
堪らず謝罪すると、彼はキョトンとした。
「いや全然。俺の方こそごめんね。自分で読む本くらい、自分で決めろって話だよね」
「いいえ、そんな……」
「うん! 高橋さんが言うなら、全部読むよ」
「え!?」
私は下げていた視線を上げて、身体がと松野くんに向き直った。
「ほ、本当に!?」
目の前に整列していた文庫本をまとめながら、松野くんが頷く。
「4冊ともお薦めなんでしょ?全部読むよ。あ……でも、何から読むかはやっぱり迷うけどね」
目尻も眉も下げて、困ったようにも楽しんでいるようにも見える笑みを浮かべた松野くんに釣られて、私も口元が緩んでいく。
“嬉しい。嬉しい”
心がそれで埋め尽くされていく。
自分の胸の内に器があって、それがたっぷりと満たされていくような高揚感と幸福感が私を支配していく気がした。
「どうしよっかなー」
未だ迷っている松野くんに、やけに明るい声で話しかけてしまう。
「直感とインスピレーションで選ぶのが大切だよ」
「何それ。直感とインスピレーションて、一緒だろ?」
確かにその通りだった。
「えっと……大事なことは2回言うんです!」
「いやいや、普通に間違えてたでしょー? ……ふーん、インスピレーションね」
松野くんは、私のささやかなミスを悪戯っぽく笑いながら指摘すると、手元の4冊をまた横一列に並べ直してじーっと見つめる。さっきとは違い、表紙を裏返しにされた文庫本4冊の内、1冊の上に手を乗せた。
「これだ!」
そう言って裏返す。
「……【斜陽】」
彼が選んだ本は、太宰治の【斜陽】だった。
「おおー! 高橋さんの一番好きなやつ!」
「なんか……嬉しいです」
「ね! なんか嬉しいよね!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます