第4頁 後悔先に立たず
しかも
「はぁ〜……」
口から重い息が溢れた。
“あの子、蒼唯だと思って気さくに声掛けてきたし、蒼唯の友達……なのか?不味いな〜”
咄嗟に吐いた嘘がどう転ぶか分からず、また大きな溜め息が出た。いつまでも下駄箱で蹲っている訳にもいかない。不安を散らすように深呼吸を2、3度繰り返して、立ち上がり帰路に着いた。
“何より、あの蒼唯に仲の良い女友達が居るっていうのが1番予想外だよ!”
不味いなぁ、不味いなぁと首を捻りながら脚を動かしていたら、あっという間に家に着いてしまった。蒼唯は、美術部で今日も俺より遅く帰るだろう。出来れば今すぐにでも、あの高橋さんがどの程度の関係性なのか把握して、手を打ちたい訳だが、居ないんじゃしょうがない。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
うだうだ考えながら、玄関のドアを開けて声を掛けると、母さんの声が出迎えてくれた。居間を通って2階の自室へ上がろうとすると、すかさず台所に立つ母さんが声を掛けてくる。
「あき君、お弁当箱を出してからにして。絶対忘れるんだから」
「へいへーい」
面倒くさいなぁと思ったが、母さんの言う事は尤もであり、自分でもこのまま上へ行けば洗い物を出し忘れるのは明白だった。
スクール鞄の中から弁当箱を探し出してシンクへと持って行く。と、そこにはもう一つ弁当箱が出されていた。
「……母さん、蒼唯って帰ってるの?」
「うん」
家へ帰るまでの道のりで、穏やかになっていた動悸が思い出したように始まって、過呼吸になるかと思った。俺は駆け足で階段を登る。下から母さんが「制服を脱ぎなさいよ〜。皺になっちゃうんだから」と言っているが、俺に返事をする余裕はない。
ノックもせずに蒼唯の部屋のドアを開けると、部屋着に着替えて、ベッドに寝転びながら漫画を読んでいた蒼唯が俺の姿を確認して、眉根を寄せると咎めるように言った。
「ノックも無しって、失礼じゃないか?」
「あ、あぁ……ごめん」
素直に謝る俺に蒼唯が更に眉間の皺を深くしたが、溜飲は下がったのか「おかえり」と言われたので、此方も「ただいま」と返す。
「お前、部活は?」
「今日、休み」
「え?」
「今日は水曜日だよ? いつも休みじゃん」
「あ……そ、そっか……」
俺の返事にどうも違和感があるらしい蒼唯は、読んでいた漫画を閉じて上体を起こした。
「てさか、智翠はもう選考も外れて、部活に出なくていいのに帰ってくるの遅くない?」
「もーぅ、あお君は〜。いちいちその話を引っ張り出してきて、何なの?結構傷付くんだけど」
「いや、仮病使って大会をサボったの、あんただよね?」
蒼唯の言葉を無視して部屋に入り、床にスクール鞄を置いた。そして自分も床へ座ると蒼唯が「なんで座るんだよ」と釣れないことを言う。ムカついたので、蒼唯の座るベッドへダイブしてやった。
「ちょ! 制服皺になるよ! 着替えなよ!」
内心、母さんと同じ事を言いやがって、うぜーなと毒吐いた。心底嫌そうな蒼唯の顔を見上げて、それとなく高橋さんの事を聞いてみた。
「5組にさ、仲の良い女子とかいんの?」
「はぁ!?」
ぼふんっ!
そんな効果音が似合うと思った。蒼唯は、素っ頓狂な声をあげると見ている此方が可哀想な気がするくらい、分かりやすく真っ赤になった。
“なんて初心な反応しやがるんだ、コイツ”
同じ顔で、その童貞ムーブはやめて欲しいと思ってしまう。女子が好きな癖に苦手なのは、17歳の今も変わらずらしい。
「な……なんだよ、突然!」
「別に? 気になっただけ」
蒼唯に高橋さんの事を聞くのは、物凄いストレスだったはずなのに、蒼唯があまりにも動揺しているからか、俺の方はすっかり落ち着きを取り戻していた。
蒼唯は、赤い顔のまま、眉をピクピクと動かした。『女子』ってワードだけで、どうして此処まで動揺できるのか、本当に謎である。しかも俺と同じ顔で、他所でもこれをやっているのかと思うと、何とも言えない苦い気持ちになった。
いつまでも答えない蒼唯に痺れを切らして催促する。
「んで、いんの? いないの?」
「いないよ……」
「……え、いないのにそんな照れてんの?まじキモ……」
「照れてねーわ!」
「17にもなって情けない……お前、絶対モテないだろう」
「!? ……し、失礼過ぎるだろ! お前もう出て行けよ!」
「あん! 乱暴はやめてぇ〜!」
「気色悪りぃ声出すな!」
どうやら蒼唯の逆鱗に触れてしまったらしい。ベッドから引き摺り下ろされ、廊下へと追い出された。勿論、床に置いてた俺の鞄も。
“あれ? そうなの? 仲良いんじゃないの?”
蒼唯の部屋の前の廊下で首を捻る。仲の良い女子生徒かと思ったが、蒼唯の反応に嘘は無さそうだった。どうやら本当に蒼唯は、クラスに女友達なんてのは、いないらしい。『女子』ってワードが出る度にあんな事になってる奴が、女子生徒とペラペラお喋りできるとは、到底思えない。そう思うと高橋さんとて、珍しい場所で見かけた上に、自分も相手も1人だったから声を掛けただけだったのかもしれない。それなら、今日の事をわざわざ話題に出したりはしないだろうと結論付ける。まぁ、なりすましの件は、迷宮入りとなるだろう。
自室へ移動して、制服を脱ぎ、部屋着へと着替える。ベッドに仰向けで寝転がって一息吐くと、図書室での出来事が浮かんでくる。心配する必要が無いと分かったからか、何だか笑えてきた。
“あんなにドキドキしたのは、久しぶりだったかも。心臓に悪すぎ”
天井を眺めながら、ニヤけてしまう口元を隠すように手を持ってくる。それでも込み上げてくる笑いを抑えられなくて、寝返りをうって、枕に顔を押し付けて、笑い声が外へ漏れないようにして、喉と腹を震わせる。
“あの子、あの本が本当に好きなんだろうなぁ。一生懸命堪えてたけど、目をキラキラさせて、話してる内にどんどんほっぺが赤くなっていくし”
考えてみれば、誰かに本をお薦めされるというのは、初めての経験だった。この本が好きって教えて貰うのも、同じく初めてだった。
胸に何とも言葉にし難い感覚が広がっていく。ザワザワするような、ワクワクするような……。それが嬉しいという感情なのだと気付いた時、俺は何だか照れ臭くなって、枕を両腕でギュッと抱きしめた。
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