拾伍:形質

 蟷螂かまきりの傷口は、少しではあるが小さくなっている。

「回復、するのか。」

弱った蟷螂に僕は呆れたような、驚いたような、冷たいような口調で詰めた。

「驚いた、だろうに。これが、蜥蜴トカゲの、遺伝子の、力さ。試しに、取り込んで見たら、この通りさ。」

「瀕死か。数多あまたの人間を葬り、科学に身を委ねたのにも関わらず、最期はこんなもんか。」

 銃声が鳴り響いた後、浪漫砲ろまんほうの弾丸は脳を貫いた。



「どうだいさや、さっきの蟷螂の情報、事務所に送ってくれた?」

手洗い場で手を洗っている。硝煙反応で手が汚れるのはごめんだ。少しでも落ちるよう、石鹸で入念に洗っている。

「そっちは問題ないよ霧斗きりと。みんな今頃たまげてるだろうよ。」

「無理もないね。」

蜥蜴の遺伝子を取り込んだ、遺伝子改造なんて物騒な話だ。

「ところで驚いたよ清、まさか鎌に、が仕込んであるなんて。」

蟷螂に切られた癖っ毛の部分は、明らかに変色していた。今もじわじわ溶けている。

「大分濃度が濃そうだよ?大丈夫?」

「さあね。」

酸の部分をはさみで直ぐに切り落とした。



 翌週の月曜日。先日の戦闘の考察が終わってないまま週を越してしまった。

 蟷螂との戦闘で色々と壊れた箇所は、一日も過ぎれば元通りになる。何故なのか。

「ねぇ先生、なんか難しい顔してるよ。」

「!?」

子供と言うのは時たまに胸を射抜く言葉を発する。

「君の顔が簡単なだけだよ。」

「いやそれはないよ。」

そしてちょっとした冗談に対し、かなり辛辣なツッコミをする。


 えいくんも因果なものだ。目標という目標が真隣に居るし、なんなら倒すべき相手がここには潜んでいる。でも誰に教えを受けているんだろう。

 東果あずみさんには僕が就いたし、沙弥果さやかさんには飛鳥瑠あかるくんが就いた。その彼も、腕の立った敏腕諜報員のお父さんに教わっている。それを鑑みるとなおさら不思議だ。

 実習生が進路指導をしていいなら、多分彼と手合わせするだろう。でも子供相手に手加減しないでやるのは流石にキツいか。なんて思っていると、

「霧斗先生、よろしいですか?」

ひし先生から呼び出しが。

すかさず返事をし彼について行くと、

「オヒサシブリ。」

やや怒った、いやかなり怒った表情を見せた飛鳥瑠くんが居た。

「あんれま、どったの水田ぁ。」

「二人にさせて頂ければ。」

すると外野はすぐに立ち去った。


「こないだのこの資料、どうなっているんだい。」

飛鳥瑠くんが硝子ガラスのローテーブルに紙面を提示した。

「どーゆー意味?」

何をどう問いたいのか。

「確かにその電脳(清のこと)の分析は事細やかになされているが、これだけ重要な問題をなぜ衛星通信で送ったよ。」

「なに、まさか総括会議で検討しろとでも言うのかい?」

「それはそれで困るからやめてくれ。」

「それじゃ、何が言いたいのさ。」

一瞬空気が凍り付き、


「お前、後7日で決着をつけろ。」


「7日?何で?閣議決定でもあったの?」

「行政が顔を出すな」

飛鳥瑠くんが胸元から一つ帳紙を出してきた。

「はっ、これは……」

内容を目視した瞬間、とてもとは言えないほど驚いた。

「健闘を祈る」

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