拾弐:潜入開始

 林の道を進み、たどり着いたは目的地、森中路学園もりなかしがくえんの正門前。

 森の中にでんと構えられたこの学園は、森中路の保全地域全域の子供が通う、マンモス校だ。駅のまあまあ近くにあり、立地は良い方。義務教育課程4年を過ごす一般学校と専門的なことを学ぶ専科学校と敷地内に二つあるが、今回僕が行くのは前者である。15年くらい前に建てられた校舎はまだ綺麗で、何処も整備がなされている。


「保安官が来てやったっつーのに、誰か一人くらい案内が欲しいもんだな。」

「それはそうと霧斗、なんか見られてる感じがしない?」

「そうだな、さや。こう、右に三人、左に二人。全員男だ。」

僕は少しばかり声を張って清に返した。すると横側からざわざわと植え込みが動き、全員が姿を見せた。その中の一人、禿頭で初老の男が話を切り出す。

「こんにちは、保安官さん。こんな無礼な対面で申し訳ない。どうぞ、会議室まで。ご案内しまする。」

「慣れているので大丈夫ですよ、話をゆっくり聞かせてください。」

 清(慣れているってなんだよ)


 案内されたは会議室。優美なカウチに座るよういわれ、促されるまま腰を下ろした。

「教育実習生として、調査をされると聞きました。」

「ええ。本部からはそう伝っています。認識も間違いではありません。」

「では配属する学級と、その学級担任を紹介しまする。」

三回ノックが鳴ったのち、中に若い男性が入ってきた。ワイシャツの袖をまくり、黒いネクタイを身にまとっている。

「こんにちは保安官さん。四年三組担任、ひし 長信ながのぶと申しまする。どうぞよろしくお願いします。」

「よ、四年生ですか。何も最高学年で――」

「それが、タレコミしてくれたのが四年生の子たちだったんですよ。それも三組の。」

「なるほど。つまり明日から最高学年に。」

 この國の学制の上では、義務教育は4年で修了する。僕が齢14で仕事が、しかも上層部で出来ているのはこれが理由。義務さえ終われば、一端の大人として扱われる。世界の傾向とは異なっているものの、議会は法改正をしようとしない。

「とりあえず、教室を見せてください。」


 廊下は現代的で、今は効いてはいないが空調が完備されている。僕の時代には教室にしかなかったのに。休日、それも日曜日なだけあって校内は静か。電気も点いていない。

「どうぞ。」

菱先生にドアを開けてもらい、彼は中に入ろうとした。僕はすかさず右手を出し、進入を止めさせた。

「一度、そこにいてください。」

「わ、分かりました。」

用意したのは反重力の棒。

「よく見ててください。よっと!――」

教室床の木タイル、そこに仕掛けが組み込まれていた。両足で踏もうとした瞬間、ドアに接するところだけきれいに抜け、木タイルがあったところには大穴が開いた。

「危ないって、えぇっ!?」

反重力棒、使える。

「浮いてる、だと!!」

菱先生からすると、大穴の上で浮きながら謎の棒を持つ僕だろう。

「知り合いがマッドサイエンティストなんですよ。」

「なるほど……」

清(納得した!?)

「さて、ここの大穴どうします?直しますか?」

「えっと、その前に、」

ええ。と返すと、菱先生はひどく微妙な顔つきをして、

「この教室、呪われているんですか?」

と聞く。無理もない。

「保安部御用達のお祓いさんでも呼びましょうか。来るまでここを直しましょう。」


 その後、床を直し、お祓いをしてもらい、時刻は19時に。

「では、明日からよろしくお願いします。」

校長が帰ると聞いたので一挨拶し、菱先生と残された。

「わたしは住み込みなので、教員寮に参ります。霧斗きりと先生もいちいち帰るのは面倒でしょう。空き部屋を用意したので良ければお使いください。」

もはや強制と捉えられる言動、断らなかった。

「それはそれは。助かります。」

 教員寮の一室は一人用。下にデスクが付いた二段ベッドと小机、テレビジョンがある。洗面室とユニットバスも付いており、一部屋はまるでホテルの一室。ここ、本当に公立の学校?

 紗弥果さやかさん特製の意外と旨い握り飯をぼそぼそと食べ、テレビ鑑賞。歌番組は流行りの歌の情報収集が出来て良い。

 終わってからは本部と連絡。いわゆる日報だ。一応、保安部特別ネットワークを利用し、通信の痕跡を消す。いくら潜入とはいえ、こんなに接待のいい潜入調査はなかろう。今日あった一連の出来事を記し、クラウド上に提出した。


 「温水シャワーサイコー!」

 「ベッドふかふかだな。」

 「zzz……」

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