参:資格を取る術

 「良いですか、諜報のコツは―――」

霧斗君による、わけの分からない授業が開かれていた。

 「拾得物は直接触れずに布で触れる」だの、

 「物音を立てず、物は残さない」だの、色々。

 筋が通っていないという訳でもないので

 「意味がない!」

とも言いづらい。勉強と言うよりはしつけに近いものを、私は受けている。

 「保安官は治安維持が主な役割です。罪人の逮捕は刑事官のテリトリーです。誤解のないように。」

 確かに、「保安官と刑事官の違いは何だろう」と、思ってみたこともある。どちらかに統一しても良いと思う。

 「二つも要らなくない?」

マジレス。どう霧斗君は出てくるだろう。

 「保安官。それは刑事官よりも上の立場です。実際、都市圏にしか常駐していない組織が保安部で、刑事部は全國に居ます。」

 「なるほど。」

 「ここ、前回も設問として出ていました。覚えて損はありませんね。」

 

 その後も私は、霧斗君の教えを請うた。感想は、「初日では覚えられない」が大きい。

 全体をまんべんなくやった結果がこれだ。明日からは単科ずつ教えてもらおう。

 「知り合いに諜報のスペシャリストがいるので、明日来てもらうよう言っておきましょう。」

 「どうも」

 霧斗君は、制服に早着替えして清と共に出て行った。

 西方は夕暮れで森林火災が起きているようだった。この季節にしては珍しい。かと思ったら、もう東方では満天の星。これもまた、珍しい。

 適当に夕飯を食べて、テレビを点けた。すぐ消した。


 翌朝、ぽつぽつと雨が降る中、私は起きた。

 「ふわぁ~~」

 両腕を程よく伸ばし、開けっ放しの硝子障子ガラスしょうじを閉める。珍しいのか否かは分からないけれど、木の枠に硝子板がそのまま はめ込まれている。サッシに限りなく近い構造で、スライドもスムーズだった。

 「霧斗君、いつ頃帰ってくるかなー。」

敷布団を片付けて、着替えをし、朝食に小鮭こじゃけがメインの和料理を摂った。


 保安官採用には、国家資格と保安免許が必要らしい。二つ取るだなんて無理難題。「無理なんだい!」と言いたい。

 保安免許は比較的簡単で、基本的な法と術を得れば誰だって取れるらしい。教員採用よりも簡単というネット記事も見たぐらいだ。

 問題は国家資格。学歴と運があれば、財務經濟省ざいむけいざいしょう國防總省こくぼうそうしょうなどと言った内閣府にだって行けるほどの権限を持つ資格なのだ。私には敷居が高すぎる。保安官は学歴不問だが、そんなことはどうでもいい。にもかくにも合格しなければ、両親を見舞ってやれない。頑張らなくては。


 なんて考えていると、門の奥が騒がしくなっていることに気付いた。

 「しっかし、俺は忙しいんだぞ?お前もそれくらい出来るだろう?」

 「まあまあ、一を聞けば十をも百をも教えてくれる飛鳥瑠あかるくんだろう?それくらいやってよ。」

 「嫌だね。」

 「じゃあ何で僕んちにいるのさ。」

 「あっ」「ただいま」

ばったり居合わせてしまった。

 「ん??どういうこと??」

 「こっちのセリフだぁ!」

そこには、これまた私の同級生、水田飛鳥瑠みずたあかるが居た。

 「えっと……久し振り、で良いのかな?」

 「今日《こんにち》は小宮さん。まさかアンタが受験生だったとは。」

 雨が少し強くなってきたので、飛鳥瑠君には家に上がってもらった。

 私たちは雨のしたたる縁側を横目に、木の廊下に座った。

 「飛鳥瑠君も保安官だったの?」

 「そうだな。諜報活動専門の。それこそ、人には見られないかもしれないな。」

 彼は緑色の上着を脱いで、綺麗な黒髪を整えた。もちろん、保安官の制服を着ている。

 「何で保安官を目指しているんだ?まさか、アヤツに上手いように言わr」

 「違う違う!」

私は、一切を打ち明けた。彼は顔を淀ませて聞いた。

 「そうか。それは大変だったな。」

 その時、急に清が喋りだした。

 「飛鳥瑠さぁ、潜血は?」

 「せん、けつ?」「!」

 飛鳥瑠君は慌ててこっちに質問をした。

 「お前は被害に遭っていないよな!?」

 「遭って、ないけど、どして?」

 飛鳥瑠君はふと自分に戻って、胸をなでおろした。

 「良かっt」

 その時、彼のまなこには、私の首筋に微かな血痕を見つけた。

 「よく見せろ!」

 瞬時に胸ぐらを掴まれ、首を見られた。霧斗君も事の大きさに気付いたのか、こちらに来た。

 「霧斗!潜血確認キット!」

一瞬の沈黙の後、

 「やっべぇ忘れったーっ!」

 霧斗君は胸ポケットからペンみたいなものを取り出して、私の首筋に当てた。神妙な、緊張した空気が流れて、「イジョウナシ」と機械が発したのを境に、安堵な空気が流れた。

 「一応やっておいて良かったな。」

 「危ない危ない。僕としたことが。」

 二人は元の位置に戻った。

 「いや何があったのか教えろーッ!」

 同時に稲光が見えた。轟音と共に辺りを包んだ。

 「タイミングの良い雷だなー。」

飛鳥瑠君が呑気に言った。いや、無視するな。私は飛鳥瑠君を睨みつけた。

 「ヴヴン、教えてやるから勉強しろ。人喰いが作った返り血がお前みたいな何も耐性がない奴の皮膚に着くと大変なことになる。」

 なんかいい気がしない。

 「ただれたり、変色したり。命には関わらないが厄介だ。お前には反応が無くて良かったが、あった場合にはさっきの反応器に従って処置をする。角井かくい博士の発明だ。」

 「角井宏明かくいひろあきの発明だよ。名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかな。」

 霧斗君が長屋に上がってきた。

 

 角井宏明。この人もまた、私の同級生だ。類稀たぐいまれなる科学の才能を授かって生まれた天才科学者。最近は化学者のオッツー博士と共同で研究をしているらしい。

 何故私の周りにはこんなにもエリートな友達が多いのだろうか。

 「保安官に成ったら、ひと挨拶位は行ったら良い。何か協力品をくれるかもな。」

 飛鳥瑠君がそう言うと、三冊本を持って言った。

 

 「さ、お勉強をしようか。」

 この後、みっちり叩き込まれた。

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