弐:失ったもの
霧斗が案内された場所は、昨日訪れた小宮の家だった。
よく見ると、倒れている大人二人が目に映った。
「ご両親か!?」
霧斗は救急部隊に連絡を取り、応急処置を施した。
「この度は、なんと申せばいいか……」
「大丈夫なんですよね!?」
紗弥果が聞いた。
「出血は止めました。二人とも息の根もあります。しかし、完全覚醒には程遠いかと。」
二人はひとまず
「ですが問題が。この家を、完全破壊することにしました。」
「え?」「へ?」
「人喰いが絶えなく居るんだよ。」
清が説明した。女の子のような高く澄んだ声だった。
「あなたたちも命を失う羽目になるかと。なので、提案させていただきます。」
ごくり。
「僕の家に越すのはどうでしょう。」
「いいんですか?」「へ?」
霧斗はきっぱり言い切ったものの、反応はいまいち。
「保安部が勝手に決めたことなので、疑問に思われるのも頷けます。しかし、あなたたちは稼ぎも剥がれ、家賃が払えなくなるとこっちも困るのです。」
「いや手厚い。」
紗弥果はツッコミを入れる。確かに好条件ではあるが、抵抗も十分にある。
「ま、百聞は一見に如かず。来てみます?」
ということで、霧斗邸に訪れた。このお屋敷に一人で住んでいると聞いた。
左手には竹林。筍が毎春美味しく頂けるという。奥と右には切り通しのように、露に出た岩肌の上に大きな針葉樹林があった。
平屋の一戸建て。敷地内すべてが和の造りになっていて、何処か温かみを感じる。
居住場の他に、広めなお庭と穀類倉庫、使われていない馬小屋があった。
「広ーい!」
紗弥果は庭を駆け巡った。そして、金属製の手押しポンプに目を付け、
「やってもいい?」
と霧斗君に許可を求めた。了承を得て水を出していた。
「思ったよりも子供みたいで可愛いや。」
霧斗君はなんの抵抗も無しに言った。
「はいこれ。承諾書。ここに記名をすれば、今日からあなた方はここが家になる。」
そう言って紙を渡してくれた。
「本当に、いいの?」
「ええ、あなたたちの考えによりますけどね。」
私は二人分の名を記して、
「お、お願いします。」
提出した。
「荷物は整いましたか?」
霧斗が迎えに来てくれた。
「ゆうて持っていくものが少なかったからね。」
紗弥果は荷物をいっぱいに詰めたカバンを持って出てきた。
「矛盾……だね……」「あはははは……」
「では、参りましょうか。そこのお馬さんもね。どうどう。」
「馬小屋まで貸していただけるんですか?」
「ずっと使わず撤去するよりかは ましかと。」
一行は霧斗邸へと向かった。
「奥の部屋を使って。二人は入れるだろうから。」
この部屋、元は書斎だろう。電気設備は完璧だし、本棚を取っ払った跡がさりげなく残っている。ありがたく使用させて頂こう。
「
ユニットバス。簡易的な生理衛生の空間だ。珍しい。
「狭いけど、どうか気を悪くしないでね。」
霧斗君は馬とコミュニケーションをとっていた。小屋はきれいに洗われ、敷草も上品な物に変わっていた。
一通り荷下ろしを終わらせ、休憩としてティータイムにした。
出てきた飲み物は麦茶だった。紅茶ではなかった。とてもよく冷えた麦茶だった。決して温かくはなかった。
「なんです?これ?」
菓子として、麦で出来ていそうな直方体のものが出てきた。
「西欧でよく食べられている、『フィナンシェ』というお菓子だそうです。同僚のツテで幾つか貰ってきました。」
そう言って霧斗君は一つ頬張った。外洋の文化は知らない。私たち二人は新鮮な気持ちで頂いた。おいしかった。
居候を始めて二日が経った。新緑に染まる木々と、よく背の伸びる筍。涼しいながらも空は高く澄んでいた。
紗弥果は友人に会うため、ここを暫く離れるという。当面は帰ってこないらしい。
私は霧斗邸の掃除なり、お馬の世話なりをこなして過ごしていたが、
暇だ。
私たちが持っていた耕地のエリアは、その土地の地価120%を対価として國に押収された。何もする事がない。暇だ。
霧斗君は午後四時までは出勤しない。だから午前中は家にいたり、普通に睡眠をとっている。彼が起きているタイミングを狙い、よくすべらない話を聞いている。
「暇を潰す方法教えてよぉ~。」
「はたらけ。」
「そんな簡単なこと言わないで、って、そうか!」
「ふふーん」
霧斗君はにんまりした様子で続けた。
「農地も売り飛ばされたからねえ。」
「そうそう。」
「じゃあ、うちのとこ来る?」
「冗談やめてよね。」
少し笑みを浮かべた。霧斗君は平然として、
「冗談じゃないさ。」
ん?あれっ?
「親御さん方には会えないって話をせんかったっけ?」
「聞いてない。」
「ま、今日分かった事だから仕方ないね。」
おい。霧斗君は続けた。
「どういうこと?」
「親御さん二人は、保安部の管理下にある病棟に行くことが決まった。」
「うんうん」
「その時、ご家族および親族は、お見舞いみたいな交流ができないみたいなんだ。」
「なんでよ。」
私は不満げに言って、霧斗君にぐっと近づいた。
「『本当何でだよ』と思った。調べてみると、法に触れているみたいだった。」
「おかしいと思う。」
「一応改正を出願しましたが、実現には至らないかと。」
むうぅ。すると霧斗君は立ち上がった。
「そこで君に言いたいことがある。保安官に、成ってみないかい?」
私を指さした。
「私が保安官だなんて、笑っちゃう話だね。」
「確かに、面白い文句にはなるかもね。」
否定しろい!
「でも、あながち『無理』とも言い切れない。」
「そ、そう、なの?」
「僕の場合は父も祖父も保安官なので、多少のコネとツテはありました。」
「私には?」
保安官になるには、多少のコネとツテが要るらしい。身内関係者の紹介、軍部からの異動、地方行政の指示なりと色々あるらしい。
「僕がなりますよ!(`・∀・´)エッヘン!!」
絵文字までつけるなと言いたい。霧斗君は右手を胸に当て、誇らしげに言った。
「そんなに位が高いの?」
「一応、一課の総括ですけど。」
聞いた瞬間腰が抜けるから困る。
保安部一課総括。一課長とも呼ばれるかなりの高官。だからこんなお屋敷を持っているのか。
「僕らと保安官、やりませんか?」
アイドルオーディションの宣伝みたいに言わないで欲しいが、これはかなり重要な話だ。保安官ともなれば、命を伴うこともあるだろう。親がああなったように。
「裏方なら、、、」
さすがに事務職なら危険はないだろう。そう思って霧斗君に伝えた。
「では、資格の勉強をしてください!さらには実技も!」
なんか違う気がするが……
「自分の身は自分で守れです!討伐任務もできるようにしましょう!」
その時、私は「人の話をよく聞くべきだった」と後悔した。
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