壱:波乱

 「もうそろそろかな。帰るよー、紗弥果さやかー!」

小宮東果こみやあずみ。これが私の名前だ。今日は妹と畑で仕事をしていた。

 私は至って普通な十代の女。畑作業がしやすい、比較的動きやすい格好で今日も働いていた。

 妹の紗弥果は黒髪のショートヘアの上に、麦わら帽を被って作業をしていた。

 私たちは、じゃがいもが一杯に入った黄カゴを三つ、台車に載せて家に戻る。

 「そういえば今日、姉ちゃんの誕生日だったよね。おめおめ〜」

 「軽いなぁ。でもありがと。」

 少なからず咲く櫻と、見え始めた新緑が私たちを包んだ。


 家のすぐそばに来ると、何やら言い争いが起きていたようだ。話し声がよく聞こえる。私たちは物陰に隠れた。

 「だーから、今言ったとおり。ここに住まれているあなた達は、もうそろそろ引っ越さなければいけないんですよ。これは帝國が直々に命じられていることなので、どうかお願い申し上げます。」

 竹林の中にポツンと建っているボロ屋に一人の青年と青年の話をうんざりしながら聞く中年男性(私たちの父)がいた。


 青年は保安官の制服であるワイシャツに紺と銀のネクタイ、濃紺のズボン、それを調整するベルトを身にしていた。ベルトには腰と右腿にホルダーがあった。

 腰のホルダーにはリヴォルバータイプの拳銃が一丁、右腿のホルダーには小型拳銃が一丁しまってあった。左には短刀を携えている。


 「全く、ここは私の一族が守り受け継いできた、大切な、大切なお家だからどうにもならん。お引き取り下さい。」

 親父ぃぃぃぃぃ!『帝國が直々に……』とは実質、皇帝の命令である。話を盗み聞きして大体内容は掴んだ。ここを立ち退かせる代わりに、國は近辺に新しく土地と家を用意するということ、協力褒賞も十分に頂けるらしい。これ程ない好条件なのに。全く、父は何をしているのか。


 「急に騒がせてごめんね。」

 「!」「!」

 私たちの後ろには、一台のキックスケーターが置いてあった。それは女の子のようなきれいな声で話しかけてきた。きっと人工知能が付いているのだろう。

 「話が終わったら、保安官がこっちに来るから。それっぽく振る舞ってね。盗み聞きしているんでしょう?」

 私たちに矢が刺さった。首肯しゅこうをして盗み聞きを続ける。

 「ここいら一帯は、國が指定する危険地帯の一角なんですよ。危ない。」

 「証拠見せろ証拠を!」

親父ぃぃぃぃぃ!

 保安官さんは整然と胸ポケットから小型機械を取り出し、父に画面を見せていた。

 「こんなもん信用なるかっ!帰ってくれ!」

親父ぃぃぃぃぃ!

 「また来ますよ。」

保安官さんは呆れたあと、吐き捨ててこちらに向かってきた。私たちは平然と、いま来たかのように振る舞い、事なきを得た。


 帰宅後、私たちはじゃがいもを水でよく洗い、出荷する準備をした。

 芽が出ないよう処置を施し、馬に荷車を引いてもらい市場に向かった。ここいらでは一番規模の大きい市場で、主に農作物と畜産物を扱っている。森中路もりなかし(地名。自然いっぱいのド田舎である。)のほぼ全ての第一次産業 従事者が集い品物を提供し、買い手も沢山集まる。他にあてもないので、いつもここで取引している。

 森の中に建てられたその市場は、とても広い漆喰塗しっくいぬりの建物があり、周りを針葉樹の木々が囲んでいる。私は小さく設けられた駐馬ちゅうばスペースに首ひもを結び、じゃがいもを搬入した。

 売りさらって稼ぎを得た私は、すぐさま帰る。友達と会う約束があるため、足早に。


 しばらく進むと、人影が二・三人見えてきた。土が剥げた道の脇で何かをしている。さっき見たような格好。

 「すとーっぷ!」

 声が聞こえたのと同時に馬を止めた。

 「ご協力ください。」

 保安部が調査をしているらしく、その旨が書かれた紙を渡された。馬から降りるようにも促されたので、それに従ったりもした。

 「何処かで見たことのある顔だなー。」

私は保安官さんの顔をじーっと見てしまった。

 「ど、どうかされましたか?」

 「あっ、失礼。って……あなた春野はるの君!?」

 「そうですが、、何か?」

 「何かじゃないよ、覚えてないの?小宮だよ、小宮東果!」

この男の人は私の元同級生、春野霧斗はるのきりとだったのだ。でも何か様子がおかしい。

 「幼少の頃の記憶が曖昧なので……すみません。」

 「そう……」

 「話を変えますが、農協パスを見せてください。」

 「ああっ、失礼!」

 ここで一つ疑問に思った。私を知らないと言っているのに、まるで『私が農家とだけ知っている』ような言動を取った。と思ったが、確かに外見は農家の格好だった。保安官の同級生は私よりもずっと立派で、洞察に優れているようだった。私の記憶上、彼はそんな人ではなかったことは確かである。

 

 「親の農協でやられているんですね。」

 「ええ。この年齢ではパスを作れないと言われましたので仕方なく。」

 霧斗君はガサゴソガサゴソ手持ちのバッグを漁り、

 「確認が取れました。ご協力いただき、感謝します。」

礼をして通してくれた。私は再び、馬を走らせた。


 「彼女、グレーゾーンだね。」

 「人喰いに影響されているのか、はたまたプロジェクトα《アルファー》の関係者か。」

 「黒でしかないね。」


 その日の夜、友達と食事を終わらせた私は一人歩いていた。

 少し肌寒く、まん丸い月とかすかに見える雲が、星空と共に映った。

 サッサッサ と後ろから歩く音が。こんな時間に珍しい。ふと振り返ってみると、

 「あらっ、」

 「あれっ、」

霧斗君だった。

 「さっきぶり、なのかな。」

 「もしかして、仕事中?」

夜中、私たちの会話が特別よく聞こえた。

 「巡回中さ。ところで、少ししゃがんで貰ってもいいかい?」

 「どうして?」

 「しゃがめ!」

咄嗟にしゃがんでしまった。と思った瞬間、霧斗はリヴォルバーを抜き、早撃ちをした。間近で聞いた銃声は、思ったよりも大きく、思ったよりも小さい音だった。ばたん。

 「もしもし、もしもし?大丈夫だよ。」

 ハッと我に返り起き上がった。霧斗君の方を向いて、

 「何が起こったの?」

と聞く。

 「焦りすぎ。ほら、後ろを見てみて。」

後ろを向くと、人のような、でもどこか違う存在が横たわっていた。

 「何これ」

 非常に恐ろしく思えた。

 「あなたを喰らおうとしていた人喰いだよ。」

 ……はい?霧斗君は続けた。

 「あの時あなたが しゃがまなかったら、僕はあなたを見殺しにしていた。順序は、しゃがむ、撃つ、ヤツが倒れる、根を取る、あなたが気を失う で今に至る。」

 「とりあえず、ありがとう。」

 「夜道には気を付けて。」

 霧斗君は手を小さく振って見送ってくれた。



 翌日の早朝、まだ日が昇っていない頃合いで、より寒くなっている。

 木に寄りかかって立ち寝をしていた霧斗は、急に目を開け、眠りから覚めた。

 「さや、おはよう。なんか変な感じがするから急ぐよ。」

胸ポケットについている黒い小型機械に話かけた。これは人工知能を取り付けた機械で、人と違和感なく会話できるという優れもの。

 「りょうかーい。」

清と言われた小型機械は宙に舞い出て、キックスケーターに形を変えた。霧斗は出発した。


 「ここら辺だ。」

霧斗はキックスケーターの清から降り、清は元の小型機械に戻った。

 しばらく駆け回っていると、

 「やっぱりだ。」

昨晩のヤツと似たような人喰いが一人の人間と戦っていた。

 「保安部だ!そこをどけ!」

霧斗はリヴォルバーを取り出し、ヤツに狙いを定める。

 「後は頼みます!」

女の人が返し、ヤツと霧斗の一騎打ち。

 霧斗は先に一発撃った。人喰いの攻撃を華麗な身のこなしでかわしていき、隙あれば撃っていった。

 いよいよトドメを刺せるかと思ったその時、

 「殺しちゃダメ!霧斗!」

 昨日聞いた声だ。声の主は東果だった。

 霧斗は残弾を一度捨て、昏睡薬を詰めた。ヤツは霧斗の足元を横殴りにしようとした。霧斗は後ろに大きく跳んで、両腕をしっかり伸ばし、撃った。

 人喰いはその場に倒れた。大きな音と一緒に。

 「霧斗!」

 東果が詰め寄り、すがって泣いた。

 「今すぐ来てください。」

 となりの女の人。先程まで応戦していたのは紗弥果だった。

 霧斗が案内された場所は、

 「一歩遅かったか……」

昨日訪れた小宮の家だった。

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