第32話 最終対決

 医者が毒を振り舞いていいなんてこれっぽちも思っていない。それでも、あの子が人殺しに手を貸して命の重みが分からなくなることが怖かった。命に優劣をつけてはいけない、これは私が教えたことだろう、胡蝶。それを忘れるほど耄碌してはいない。

「…お前たちと話すことは無い。せめて胡蝶を連れてくるんだったな」

「ええ、私ならここに」

 開かれた襖、現れる強き孫娘。


「京子ちゃん、るか。ごめんなさい。きっと私を想ってくれたんでしょう。でもね、これは家の問題でもあるの。私が、終わらせる」

 胡蝶ちゃんを連れてきたのは一くんだ。ここまで、筋書通り。


 当主と直接接触したいと言い出したのはるかくんだ。一度、話がしたい。それだけ言われ協力を頼まれた。他の人は断るだろうと。

 これを利用することにした。私だって友人の悩みに答えたい。至家のことはるかくんにかいつまんで教えて貰っていた。

 るかくんから吉原へ通っていることを聞きつけ、永倉さんに頼み吉原を調査する。そして、面会に漕ぎつける。るかくんは胡蝶ちゃんを連れてこようとしなかったが、これは胡蝶ちゃんの問題だ。猫を使い、良い時に一くんに連れてきてもらう。胡蝶ちゃんの足をこちらへ向かせるよう仕組んだのも一くんだ。

 これまで話の場を設けて貰えたことは無かったようだ。手助けができたのなら良かった。が、所詮こちらの自己満足でしかない。胡蝶ちゃんはどう思ったのか。


「あなた、大事なお話なんでしょう。別の部屋を用意させます、またおいでなんし」

 一つ手を叩く。禿が現れ案内してくれるようだ。

 当主、胡蝶、るかが別室へ。他は外で待つことにした。もう、夜見世は始まっている。

「森ちゃん、ありがとう。また来るね」

「京子なら歓迎するよ。どうぞ御贔屓に」


 吉原を出ると、やはり現実に引き戻される感覚があった。

「二人ともありがとうね。これで良かったかは分からないけど」

「いやいや、俺の伝手が使えて良かったよ」

 永倉さんは少し心配そうに振り返る。医者の家に入った永倉さんにも、思うことがあるのだろう。

「一くんもありがとね。胡蝶ちゃんと二人きりで会話できた?」

「お前は俺を何だと思っているんだ?」

「仏頂面」

「うははは!」

「永倉さん…」

 振り返り軽く頭を下げる。

「…人殺しは嫌いだよ。守るべき命を奪うから」

 言うべきではない言葉だったが、つい口を出てしまった。


 道場に戻り、二人を待たせてもらうことにした。面会までは干渉したが、これ以上関わるつもりはない。それは、あの場の者だけが知ればいい。森ちゃんもそう思ったのだろう。

 林檎ちゃんの美味しい夕ご飯をご馳走になった。彼女は何も触れなかったが、友人を気にしてそわそわしている。

「大丈夫だよ」

 と一言だけ告げた。


 二人が帰ってきたのは、明朝だった。

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