第15話 姫崎京子の価値観

 火のついた扉を刀で押し、外へ出ると数人が先程までいなかった男を引き留めるようにしていた。その中の母親は息子の姿を見て刹那安心した表情を浮かべる。すぐに険しい顔つきになり、叫んだ。

「逃げて!!」


 私と少年を狙う、男の手から投げ出されたものは地面を打ち爆ぜた。大した威力は無く、少年を抱えて家族の元へ届けるので回避は十分だった。爆発物を投げた男を引き離し、右手で刀を構える。抱き合う親子にここから離れるよう言おうとしたとき、男は爆発物を崩れそうな家に向かって投げた。

 直撃し、木の破片が飛び散る。それを刀で薙ぎ払い、素早く男に向かっていく。

「京!」

 遠くから私を呼ぶ声が聞こえたのと家が崩れ倒れたのは同時だった。


 瞬時に状況を理解する。足の向きを変え、父親らしき人を蹴とばした。親子の頭を押さえたとき、とんでもない重量を感じた。

 刀で振ってきた瓦礫を支えるが、全快していない手のひらが心もとない。包帯が擦れて血が滲む。体勢も悪いし、長くは支えきれない。

「出て!外!」

 声を振り絞り叫んだ。外に出られたのを確認し私もなんとか脱出するものの、額やそこらから血が流れ、手の傷も完全に開いた。白髪が赤に染まっていく。砂埃にせき込んだ。


 姫崎京子がこんな必死に人助けする人物なのは何故か。

 姫崎京子には《命の順位》がある。

 姫崎京子の世界には三種類の人間しか存在しない。

《善いひと》《悪いひと》《姫崎京子》。

《善いひと》は自らを犠牲にしようが守る。ここには周囲に対して害を与えない人や親しい人が入る。仲間や友人、町の人たちはここ。

《悪いひと》は斬る。それだけ。この価値観は師匠お兄ちゃんや一炉朱現、蘭巴の教えによって築かれた。この思考法に、姫崎は善悪を求めていない。


 声をかけてきたのはるかくんだった。私を見るや否や駆け寄ってくる。人間相手にここまでやられることはそんなにないが、相手は瓦礫。ぼろぼろ具合に驚いたのだろう。

「るかくん、京平気。そっちの親子優先。お父さんもいる。」

「…分かった。無理すんなよ」

 息が絶え絶えになるが心配されないよう指示する。適当に血を拭って視界を開く。刀身を見ると、刃こぼれこそないが傷がついてしまっていた。納刀し、右手にぐるぐる包帯を巻きつける。手袋をすれば許容範囲だ。


 ふと背後に気配を感じて振り向くと、下敷きになっているであろう爆弾男の仲間らしい男共が4,5人現れた。

 次から次へ忙しい。

 こちらの方々は爆弾ではなく、武器で戦うようだ。呼吸を整える間が欲しくて話を振る。

「…君たちが放火したの?」

 仲間内で顔を見合わせた後、こう答えた。知らない。雇われただけだと。主犯の下っ端の下っ端といったところだろう。この東京を焼きたい人なんてそこらにいる。

 もういいかと、男たちは次々に抜刀する。こんなにたくさんの日本刀を見るのは久しいなと思いつつ、こういう場合は殺さないほうがいいだろうと判断。一くんにとっ捕まえて貰い、聴取する。適当に倒そうと思ったとき、男の一人が《死ね》と発した。


 あ、いいや。そう思った。


 死ねという人は死ぬ覚悟を持つべきだと思う。言ったのなら、殺されても文句は言うな。


 男たちは瓦礫を乗り越えこちらに向かってくる。私は大刀の方を抜き放った。私の元に早く辿り着いた奴が手始めに斬られた。

 どうやら雇われたというのは真実そうだ。刀は触りなれていそうで、見掛け倒しだ。こんなの敵にもならない。それでも向かってくる度胸だけは認めよう。

 4人斬ったところで、一人、奥で動かず突っ立っている者がいることに気づいた。溜息交じりに声をかける。

「逃げるならさっさと消えて。こんな茶番に付き合う暇はないの」


 男は笑った。

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