第5話 半分知らない、話

「…おい、生きてるか」

 誰がやったか知らないが、大方うちの隊士の誰かだろう。邪魔をしてくれたものだ。威勢の良かった娘の身体からは力が抜けている。掴んだ腕を引き寄せ抱きかかえ、少しはましになるだろうと羽織をかけた。このまま放っておいて燃やしては流石に寝覚めが悪い。勝負の途中だ、とも言い訳する。

「俺も、まだ人間だということか」

 自分をあざ笑い、その場を離れた。


 燃え盛る炎の中、適当な窓を探し、外へ飛び降りた。この宿の丁度近くに川があることは頭に入っていた。落ちる瞬間、燃えた仲間を思い目を閉じる。頭のどこかでは、己のこの行動を咎めていた。

 水しぶきが上がり、血液が止めどなく川に流れた。水流は刺すように冷たかった。

 川岸に上がり、姫崎の襟元を掴み引っ張る。水を含み、さらに身体は重くなっていた。

「お前は…何してる、斎藤一」

 姫崎の応援に来たのか。どこかで見たような男に声を掛けられた。刀に手を掛けているが、男は状況を理解しきれていない顔をする。

「…まだ生きてるんじゃないか」

「何故お前が京を助けた」

「さあな」

「おい、ちょっと…!」

 姫崎から手を離し、濡れた髪をかき上げ、その場から離れた。


「京、起きたか。動けるか?」

「…うん」 

 目が覚めると朱現くんが手当をしてくれていた。身体は冷え切り、指先がかじかんでいる。上半身を気だるく持ち上げると、視界の端に僅かに炎が映った。傍らにはところどころ焦げた浅黄色の羽織があった。


 このことがどういう意図だったか私は知らないし、そんな大層な理由でもないと思っている。所詮、勝負途中の奴が勝手に殺されそうだったから。まあ、こんなところだろう。


 でも間違いなくその選択は今に影響している。

 まず生きてること。今同居(同棲なのか?)していること。愛煙家になったこと。


 明治になると共に、私は《仕事》を辞めた。各地を流浪した最後に一くんの元を訪れた。きっと要らないだろうけど、あの日のお礼をしようと思って。


 敵対していた人に会う時、こう思っている。偶々拾われたところが新政府側だっただけで、仮に新選組に拾われていたらそちらの味方になっていただろう、と。周りの人たちには失礼だたのかもしれないが、私にとっての《正義》なんてそんなものだった。私を大切にしてくれた人と場所を守りたい、それだけだった。


 あの日以降も何度か刃を交えたがお礼なんてできるもんではない。互いが互いの仲間を斬り、鉄の香を纏って赤く染まった刃を向けあっている。そこにそんな行儀良さは求められてなどいない。そこにそんな礼儀良さは求められてなどいない。


 でも、あの羽織と酒をもって私は赴いた。


「すいませーん。藤田さん、いますか?」

「どちら様でしょう」

 よそ行きの笑顔で立ち上がったが、私の顔を見た瞬間、一気に無表情になる。

「何の用だ」

「…過去の清算に」

 勤務していると聞いた警察署に押しかけたので当然嫌な顔こそされたものの、無下につまみ出されることは無かった。こちらの目的を説明し、やっと礼を言うことができた。それはきっと只の我儘。でも一くんには思うところがあったらしい。新緑が芽吹くような暖かい日のこと。


 一くんは新政府の警官をしていた。かつての敵の元で働いていた。制服、というのだろうか。彼に色は無かった。敵味方関係なく人と関わろうとする私なら、自分の今を理解できるとでも思ったのかもしれない。


 何度か話を重ねる内に、私たちは友人になれた。時代が違えばもっと早く出会えたのになんてことは思わなかったが。あの時代を生きたからこそ。血を浴び刀を握ったからこそ。私たちは人の痛みを、脆さを、大切さを知り、優しくなれた。一くんは素直じゃないが、今の世の幸せを害するものに対して冷酷であれた。それは私も同じだった。


 そのうち、ふと死にたいと思った。この美しくなっていく世の中にこんな私は要らないと思った。でも、それが許されるのは、出来る限りこの世の汚れを消し去ってから。こう言っても一くんは私を咎めたりはしない。只、偶に隣に並んでは敵を斬るだけ。


 そして、私は喫煙をするようになる。一本一本命の導火線にも火をつける。半分はただ格好いいなと思っただけかもしれない。


「こんな命なんてさっさと消えればいい、なんてね。」

 また一本、火が付いた。早く家に帰りたくなった。

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