第2話 血の主は

「軽率に人に刀を向けちゃいけないよ。自身の刀でつけた傷や奪った命の重みは自身の刀にかかって、一生付き纏う」


 そうだよね、師匠お兄ちゃん


「市街で揉め事?」

 そろそろお昼ご飯でも食べに行こうか、そう思った時間帯。慌てた様子で一人の警官が私の部屋をノックした。

「ええ、そうなんです。斎藤警部にお声を掛けようかと思ったのですが、見つけられず…」

 あの人はそう簡単に捕まえられないだろう。刀でしか解決できない事案だ、話が回ってくるのも理解できる。

「分かった。案内して」

 市街に帯刀者が現れ、通報が入った。帯刀者に対応する為、抜刀隊が出動。それが原因で揉め事に発展してしまったと言う。

「抜刀隊の出動を指示したのは誰?」

「抜刀隊隊長です」

「…独断か」

 相手の帯刀者によるが、厄介なことになっていそうだ。


 帯刀が一般に禁止され始め、人々はどうしても刀というものに過剰反応してしまう。結果、帯刀者一人に警官や抜刀隊が押しより大きな騒ぎになっていた。しかし、青年の刀の拵えの下緒は鍔にかかり、抜刀できないようになっていた。


 帯刀者に向かって刀を振り下ろした抜刀隊隊長は、はっと我に返る。

「姫崎さん、何故ここに…!」

「市街で揉めているから仲裁してくれと頼まれた」

 姫崎の手の平を僅かに斬った刀は、地に落ちる。

「頭冷えた?相手、刀抜いていないけれど、君が刀を抜かなくてはいけないほど暴れた?京にはそう見えないよ」

「…すみません」

 隊長は項垂れながら他の警官らに腕を引かれる。「刀拾っておいてね」と言い付け、帯刀者の元へ向かった。騒がしくなっていた周囲の野次馬は血を見た瞬間、しんと静まり、少しずつその場を離れていった。

 軽く止血した手の平からはもう血は流れていなかった。常備してある包帯を巻いて手袋を嵌めなおす。

 

「お怪我はありませんか」

 一応丁寧な口調で問うが、そういう相手ではないことはとっくに気が付いている。

「最初気づかなかったよ。またちょっと背が伸びたんじゃないか?」

 青年は気楽に返事を返した。一炉朱現はかつての仲間だ。幕末の四大人斬りの内の一角、《朱》と呼ばれた男だ。ざっくりと切られた段のある青い髪を一つに束ねた良い顔立ち。黒い袴は昔と変わらない。

「ちょっと、知り合いなの?そんなことよりも、警官のお姉さんにまずはきちんと御礼。助けていただきありがとうございました。」

 一炉の隣で頭を下げる。綺麗な赤髪が特徴的だ。

「どういたしまして。でも仕事だし気にしないでね」

「それで朱現、お知り合い?」

 それなりに親しい仲のようだ。確かに、朱現くんが女性と町を歩くなんて珍しい。

「ああ」

「久しいね、朱現くん。こちらのお姉さんは?」

「林檎さんだ。今お世話になっている家の娘さんで…」

「何々、面白い話が聞けそう」

 ぱっと表情を明るくし、手を叩いた。

「朱現くんと林檎さん、この後暇?今からお昼ご飯食べに行こうと思ってたの。良かったら一緒にどう?」

 後始末は部下の剣の面々に任せてある。

「是非!でも、その前に貴方の名前が知りたいわ」

 一瞬、迷ったが、そんな素振りは表に出さない。

「私は…」


 少女はただの少女ではない。警官でもない。

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