第2話

バス停で待つこと数十分、チャッカマンの話通りバスが来た。


「いいですか?このキノコを口にくわえて、バスを待ってください」


「あの、なんか舌が痺れるんだけど、毒キノコなのでは?」


「多少毒キノコです」


(多少毒キノコ?)天狗の住処にバスで行けることも信じがたい話だが、来てしまったからには乗るしかないのだろう。しかし大妖怪の根城に向かうにしては、随分普通のバスだ。座席に座って落ち着けること自体に、なんというか落ち着かない。いや、今は矢があるので席に座れたらの話だが。

人の尻は座るためにある、と思う。なにかに腰掛けるという行為を尻に頼り切っていた私は、尻に愛想をつかされたのかもしれない。この鏑矢は私から座ることを奪い、自分の脚で立つことを求めている。しかし、そうなれば今度は足を負傷するのではないか。と、悪い予感がしたが流石にそんなに次々と悪いことは起きないだろう。

ふとバスが止まって扉が開き、誰か乗り込んできた。しかし、何か様子がおかしい。目をやると、乗ってきたのは藁を羽織って瓶を手に持つ小人だった。


「あれは油すましという妖怪です」


私が驚いていると、手の中のチャッカマンが教えてくれた。このバス、やはりただのバスではないらしい。


「あまり見すぎると失礼ですよ」


妖怪にもそういうのあるんだ。と思いながら目を逸らすが、やはり気になる。

視界の端で油すましを見ていると、彼は私の前で躓いて瓶を放り投げてしまった。幸い瓶は割れなかったが、中に入っていた液体が私のズボンにかかってしまった。


「ああ、すみません!ズボン弁償します」


「いえあの、気にしないでくださいそんないいズボンじゃないので」


気にしてないというのも本当だったが、藁ファッションの人にズボンを弁償されるのは何となく嫌だったので断ってしまった。

しかし、この液体、油すましというだけあって油だろうか。だとしたら落とすのは難しいかもしれない。

そんなことを考えていたら、もう一人乗り込んできた。

今度は何だろうと見てみると、それは中央に男の顔がついた大きな車輪だった。これは輪入道という妖怪だろう。見た目のインパクトがすごいので私でも知っている。何がすごいといって、やはり車輪全体に火を纏っているところだろう。


「終わった!」


「落ち着いてください。このバスは妖怪用ですから簡単には燃えませんよ」


人間は簡単に燃えるつってんの。

しかし、落ち着くのも大事だ。いくら油まみれのズボンを履いているとはいえ、近づかなければ引火しないはず。

そう思った瞬間、飛んできた火の粉がズボンに落ちて、あっという間に燃え上がった。


「おあああああああ!」


その瞬間、何事もなかったようにバスが発車する。妖怪だから人間が燃えててもお構いなしという事か。

もう駄目だ。あんな妄想しなければ、いやそもそもこんなことに首を突っ込むんじゃなかった。

後悔が駆け巡った時、ふと蜃気楼のように炎が消え去った。



「自分で火を出すことはできませんが、この姿でも火を操ることはできるのです」


チャッカマンの能力で助けられたようだ。実際に燃えていた時間は一瞬だったようで、火傷はしていなかった。ただズボンの燃えていた部分は焼け落ちて、夏休みの小学生のような格好になってしまっている。

唖然としていると、輪入道がバツの悪い顔で話し掛けてきた


「あの~すいませんでした。ズボン弁償します」


「いや、なんか大丈夫だったんで気にしないでください」


気にしてないというのも本当だったが、全身燃えてる人にこれ以上関わりたくなかったので断ってしまった。


「洗う手間が省けましたね」


チャッカマンが気の利いた冗談で慰めてきた。うすうす感じていたが、この妖怪、意外と陽気な性格である。


ズボンのごたごたで気づかなかったが、バスは整備された道を外れて森の中を走っている。不思議と木にぶつかることはなく、まっすぐ走り続けている。


「道を外れているというより、見えない妖怪の道があるのです」


見えない道。人間が知らないだけで至るとこにあるのだろうか。人が通るのは難しそうだが、そこを通らないとたどり着けない場所もあるかもしれない。私の場合は天狗の住処なわけだが。


「その天狗ですが、彼の性格だと、私の力の源をどこかに保管しているというより、自分の手元に置いている可能性が高いです」


となると、監視の目を盗み忍び込んで、目当てのものを奪い去るという展開にはならなさそうだ。

それが意味することは、天狗との直接対決。

気付けばバスは森のかなり深い場所まで来ていた。油すましも輪入道ももう前のバス停で降りて、車内には私たちしかいない。


「次で降ります。ボタンを押してください」


私の尻運命を決める決定的なボタンは、込めた力に反して極めて軽い手ごたえで点灯した。

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