合戦 山の怪

春雨倉庫

第1話


鏑矢が尻に突き刺さる衝撃と痛みで、ほんの一瞬、体が宙に浮いた。盆地に住むとこういった生活の悩みは尽きない。

京都を見るとわかりやすいが、盆地は夏は暑く、冬は寒い。とことん人間に都合の悪い気候にも思えるが、その分、秋は紅葉が鮮やかに燃え、春は矢が青空にアーチを描く。

しかし、今日の矢は少し様子が違った。それは私の尻に刺さる直前、ヒュルルと鳥が鳴くような音を鳴らしていた。

かつて合戦の始まりを告げた鏑矢が、いま私の尻に刺さっている。これはなにかの暗示だろうか?


しばらく道を歩いていたが、武士の軍勢が馬上で切り結ぶといったことは特になく、町は平和そのものだった。ただ、鏑矢にはどうやら”返し”がついていて、無理に抜こうとすると穴が増えてしまいかねないので、尻に矢を生やすがままにしている。こんな男が彷徨う町は、もしかしたら平和ではないのかも。


「もし、そこなる御仁」


ふとどこからか声が聞こえた。周りを見渡すが、道に私以外の人間は歩いていなかったので、自分がターゲットと思ってよさそうだ。

そこで一つの疑問が浮上した。人間が私一人なら、いったい誰の声を聴いたのだろうか?

道に落ちているチャッカマンが目に入る。何とはなしに拾ってみると


「気づいていただけましたか」


声が近くなった。具体的にはちょうど手のあたりから聞こえる。


「チャッカマンがしゃべった!」


チャッカマンがしゃべった際の反応として、あまりに平凡なものになってしまった。

こんなことだから尻に矢が刺さるのかもしれない。


「言葉を発していることからもわかる通り、私はただのチャッカマンではないんです」


チャッカマンが自分を俯瞰している。


「かつて私はもっと力を持った妖怪だったのです。田舎を歩いているとやたら庭でなにか燃やしている家をみるでしょう?」


確かに、道がやたら煙臭いことはよくある気がする。

おそらく不要な家具などを燃やしているのだろう。田舎特有のおおらかさを感じる風景だ。


「あれは全て私の仕業です」


「そんな……」


明らかに自分で燃やしてるような素振りだったのに。みんな自分を騙してたなんて。


「彼らは勝手に燃やされたのが悔しくて自分で燃やしたフリをしていたのです」


この世で一番どうでもいい攻防である。

しかしこんな姿では満足に火をつけられないのではないか。


「そうなのです、実はライバルの天狗に力の源を奪われてからチャッカマン程度の火しか起こせず、それに合わせて力相応の見た目になってしまったのです」


どうやらあやふやな存在に思える妖怪にも、彼ら独自の理があるようだ。むしろあやふやで自由だからこそ、理そのものが存在に直結するのかもしれない。


「あなたには、天狗から力の源を取り返して欲しいのです。どうやらあなたも矢が抜けなくて困っている様子。ここはひとつ助け合いませんか」


正直に告白すると、今も尻の痛みで話半分ほどしか聞けていない。庭の焚火のくだりなどは、輪をかけてどうでもいいのだった。尻の痛みこそが今の自分にとっての真実だった。


「本当に矢は抜けるのか」


「約束しましょう」


どうせこの町にまともな外科医はいないのだ。(前にかかった病院では看護士が診療室に生えたイバラに当たって気絶していた)

チャッカマンの力強い返答を信じることにした。

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