第28話

 今日は屋上で昼寝をすることにした。昼休みに三年生の教室に行ったところ、先輩はおらず先輩の友達らしき人が「屋上に行った」と教えてくれた。いつもなら ういのことを待ってくれるのに、とは思いつつも階段を上がる。今日の天気は晴れで、先輩の言ったとおりだった。

 屋上への入り口のドアノブを回そうとしたとき、遠くから悲鳴が聞こえたと同時に、鈍くて重い音が響いた。昼休みに騒がしくなるのは日常茶飯事だが、ここまでではない。急いでドアを開けた。目に映った景色から、ういは全てを悟った。

 

 ちょうど ういが出てきたドアの正面に、上履きが揃えられていた。屋上はいつもよりも広く、転落防止柵が遠くに感じた。小走りで近づきながら、うい は唇を強く嚙んでいた。本当は、わかりたくなかった。上履きに、気持ちが悪くなるほどに整った字体で『 綴 想 』と書かれていることに。視界が歪む。心に空いていた穴が少しずつ小さくなっていた気がしていたのに、もう修復もできなさそうだ。急いで出口のほうに向かい、教室に戻ることにした。


 教室に戻る途中から、救急車のサイレンが聞こえ始めた。終わりは近いのだろうか。ういたちのこの関係も、先輩の─── いや、そんなことは考えないでおこう。

 教室に入ると、案の定 騒がしかった。耳が壊れそうなくらいだった。ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。そんな ういに気が付いた葉月さんが駆け寄ってきた。

「 桜木さん…、髪の毛 濡れてるよ。 」

そういって桃色のハンカチで頭を拭いてくれた。やはり、ういにとっての絆創膏となれる人は想先輩しかいないということを実感した。


 結局、今日はすぐに全員下校させられた。誰が墜ちたのかは誰も口にしなかったが、学校を出るときに 三年生の担任の先生が警察官と話しているのを見て、ういの最悪な予想が当たっていることが分かった。家に帰ってから、何をしても気が乗らず帰り道に心を落としてきてしまったようだった。夜の8時に 布団にくるまっていると、電話がかかってきた。想先輩のお母さんからだった。恐る恐る受話器を持ち上げた。

「 桜木うい さん、でしょうか。綴 想の母です。 」

静かな声だった。想先輩と同じ声がした。

「 桜木ういです。……母に用事があるのであれば電話、代わりますが。 」

「 いえ、うい さんに伝えたいことがあって。 」

この会話までしか覚えていなかった。衝撃が大きすぎて、記憶に残らなかった。まさか、昨日まで話していた先輩の葬式に呼ばれるだなんて誰が想像するのだろうか。

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