第26話

 再び目を覚ましたときには、放課後になっていた。先生と先輩の声は聞こえず、グラウンドではしゃぐ声がうっすら聞こえてくる。掛け布団を足元に畳んでベッドから降り、赤く染った靴を履いた。カーテンを引いてみたが、誰もいなかった。少しだけ期待した自分が馬鹿だったみたいだ。

 保健室から出て、荷物を取りに教室に向かった。校舎の中は気が狂いそうなほどに静かで、寂しかった。


「 そ 、想先輩 ⋯ 。 」

 教室のドアを開けると、席に着いている先輩の姿が見えた。机の角をぼんやり見つめていた。左手にカッターを持ち、右手首から肘にかけて 先輩の心と同じ色の雫が何滴も伝っていた。ういは 「大丈夫ですか。」と口にする前に脚を動かしていた。

「 ういちゃんの⋯、ういちゃんの気持ちを、分かってみたかったんだ。 」

 先輩は、ういと目を合わせないまま 途切れ途切れに話し始めた。傷口は深く、彼女の腕の白さはどんどん薄れていっている。再び、先輩は口を開いた。

「 本当に心が痛いとき、体がどれだけ傷ついていても痛みを感じないんだね。気がついた頃には、もう繕えないくらい傷口は広がって。夢からは覚められなくなってしまって。 」

 声が出なかった。全部、少し前の自分のことを言われているようだったから。カーテンがゆらゆらと揺れる。想先輩の瞳も、揺れていた。

「 ⋯ういちゃんを傷つける 何か から守ることができても、古い傷を忘れさせることはできなかった。 」

 黒曜石のような瞳がういに向けられる。カッターナイフを握る手を自分の手で包んで、机の前にしゃがんだ。

「 想先輩、ういはもう絆創膏を見つけたので大丈夫ですよ。 」

 顔の力を抜いて、静かに微笑んでみせる。先輩は、ういにとって絆創膏のような存在になっていた。一緒にいると、悲しいことも辛いことも 幸せな感情が蓋をしてくれた。自傷していたことがバレていた、なんてことは もうどうでも良かった。

「 さ、今日は もう帰りましょうか。 」

 そう言って ポケットティッシュを取り出したが、拭くのを躊躇してしまった。ういの目の前にある血のついた細い腕は、とても綺麗だった。白色だけが純粋で綺麗な色ではない。先輩の心の色は、鮮やかで熱い赤色だった。

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