第21話

 朝になっても、妹はいなかった。先輩もしばらく見ていないせいで、かなり情緒がおかしくなりそうだ。

アラームを止めて起き上がろうとすると吐き気がするほどだった。お母さんにも会いたくなかったが、学校に行く気力も無かったため 、「 学校行きたくない。 」とだけ伝えに行った。お母さんは、そっか とだけ口にした。少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。

 再び布団の中に入って横になると、体を丸くした。秋の柔らかくて芯のある日差しが顔にあたって眩しい。先輩と出会ってから、病気が治ったように思っていた。しかし、実際はそんなことはなかった。恋をしてから心が麻痺していた。先輩と話すとき、学校で過ごすとき、どんなときも明るくいられる気がした。でも今、大切な人がいなくなってから 自分は変わっていなかったことに気がついた。独りになると、無駄に賢くなってしまう時間が増えるから困る。結局、考えるのを辞めるために睡眠に助けを求めて、気がつけば夕方までずっと寝ていた。

 目が覚めてから 外の空気が吸いたくなって、ぼんやりとしたまま外に出た。本当に、ただぼんやりと何も考えずに歩いていた。それなのに、ういは無意識にあの鳥居の方へと歩いていた。


 夕日に照らされた鳥居は、いつもよりも鮮明だった。ベンチの近くに座っている猫が静かにこちらを見つめている。そういえば 、るい もあの猫を撫でていたな。るいはもう一度この猫を撫でられることはなかった。初めて綴先輩と来た時、先輩もこの猫を撫でていたのに、大切なことをずっと忘れていた。腕に爪を立てる。苦しい。自立できず その場にしゃがみ込んでしまった。白い腕から垂れてくる紅い血と心から溢れてくる透明な血が混じって地に落ちていく。

「 うい は … 、ういだけが 、ずっと おかしかったんだ ……  」

 息をするのが辛い。昔は毎日毎日、そう思っていた。うずくまってすすり泣いている ういの傍に猫が寄り添うように来てくれた。先輩が ういの世界に現れてくれてから、息がしたくなった。先輩のために息を吐いて吸ってたくさん言葉を伝えたくなった。

 一瞬だけ啜り泣く声が二重になって聞こえたのは、きっと気の所為だろう。

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