第17話

「 私に ついてきて。 」

 綴先輩は後ろの誰かに構うことなく、前を向きながらそう言った。どこに行くのだろうか。十字路を右に曲がれば交番がある。左に曲がれば ういの家がある。そして、真っ直ぐ歩けば 綴先輩の家がある。結局 先輩は真っ直ぐ進んだ。本当は、かなり嬉しかった。

「 今日は 泊まっていきな、明日も休日だし。 」

 先輩は 少し頭を傾けて小声で話した。まだ足音は重なっている。ういは何も言えないまま下を向いて歩いた。出会ったときから、自分は迷惑ばかりかけている気がした。出会う前までは、人と関わることが少なかったから迷惑をかけていると感じることもなかった。少し汚れてしまった足袋の先を見ながら 歩いているうちに、足元が明るくなってきた。顔を上げると、綴 と書かれた表札が見えた。先輩の家の中は真っ暗だった。

「 後ろは見ないで入ってね。 」

 先輩は扉を横にスライドさせると、先に ういを中に入れてくれた。誰かの家に上がらせてもらったのは、今回が初めてだった。

「 助かりました 、ありがとうございます。 」

 失礼します… と一礼してから 靴を脱いで家に上がらせてもらった。なんとなく 先輩の家の匂いが心地よかった。

「 親御さんには 明日の朝 事情を説明しておくから。 一旦 私の部屋に行こっか。 」

「 あっ 先輩のご両親は 、 ? 」

先輩は、少しだけ顔を顰めた。これは聞かない方が良かったタイプの質問だった気がする。

「 どっちも 隣町まで働きに行ってるんだ。日中はいるけどね。 」

 両親どちらもいない夜だなんて、想像できなかった 。先輩は 、ういの少し前を歩いて部屋まで何も言葉にしないまま案内した。部屋の前に着いても気まずそうにしている ういを見かねて、先輩はドアノブを捻って 「 どうぞ~。 」と部屋へ促した。

 先輩の部屋はとても綺麗だったが、二人で寝るには少し狭そうだった。既に敷いてある敷布団を避けながら部屋の隅の方に行った。先輩は 、ショルダーバックを壁にかけると、薄い上着を脱ぎ始めた。

「 私 今日はもう寝ようと思うけど、この布団は

二人までなら入れるから 一緒に寝よ? 」

 戸惑った。本来なら、ここで

「 いや、どこかで適当に寝ます… 。 」

みたいなことを言うべきなのに、そんなことは言えなかった。むしろ、今日は 綴先輩と関係を深めたかったので 先輩の提案は好都合だった。

 ういも 帯を一度 ほどいて、前に結び目をつくって、胸の下に蝶々結びをする。先輩は すでに寝転がって瞼を閉じており、もう規則正しい息が聞こえてきた。布団に入ってから一瞬で眠りにつく くらい、先輩も疲れていたんだな と思った。同時に、少しだけ寂しく思った。

 うい は、仰向けで寝ている綴先輩の上に ゆっくりまたがってみた。脚を広げると浴衣が少しだけ はだけた。白い陶器のような頬を触る。うい も仕方がないから早く寝ようと 頬から手を離そうとした。

「 どうしたの、 寂しかった? 」

 先輩は、ういの手首を掴んで自分の方に近付けた。へらり と口角をあげる先輩の瞳はもう獲物を捉えていた。

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