第16話

 花火が横にあるにも関わらず、 心を惹く綴先輩は とても魅力的だった。本当に、独り占めしたかった。

「 うい も、親とか妹と見た花火よりも、先輩と見ている花火の方が綺麗だな って思います。 」

 口角を上げてみせる。しっかり練習したんだ、綴先輩だけのために。自ら微笑みかける なんて慣れないことをしたからか 、思わずよろめいてしまった。先輩は、ういの横腹辺りを支えるように触り、体を先輩自身の方に近づけた。そのまま何も話さない状態で、ただ、二人で空を見上げた。




 最後の花火が打ち上がり 、夏祭りも終わりに向かい始めた。鳥居の方に戻る時も、先輩は はぐれないように手を繋いでくれていた。

「 引っ越す前の場所でも夏祭りは 行ってたの? 」

「 うん 、家族とよく行ってました。何なら今日も お父さんとお母さんと、妹も来ているくらいです。 」

 綴先輩は、ういが話しすぎたとしても そっかそっか と優しく聴いてくれる。注意深く、話す話題を探りながら頷いてくれる。ういも 将来はこんな人になりたい なんて思ったりもした。

「 あ、ういちゃん 御手洗 行く? 」

 鳥居を出た先にある お手洗いへの分かれ道に来ると、先輩は立ち止まった。帰り道も長いし、念の為行っておくことにした。先輩は 分かれ道で待っていてくれるらしい。置いていかれる心配がないため、安心して薄暗い個室に入ることが できた。


 お手洗いから出て、分かれ道の方を ひょこっと見ると、先輩が向こうの方で手を振ってくれた。ういもひらりと振り返して、ゆっくり歩き出した。その時、一瞬だけだが 自分の足音が重なって聞こえた。チラッと後ろを見てみたが、誰もいない。少し寒気がして、早歩きで先輩の方に向かった。

「 もう屋台も終わっちゃったみたいだし、帰ろうか。 」

 ういは素直に頷くと、今度は自分から手を繋いでみた。先輩は一度ういの手を離して、 『恋人繋ぎ』と呼ばれる指の絡ませ方に変えた。

「 ういちゃんのさ、今日の髪型可愛いね。 」

 突然褒めるのは心臓に悪すぎる。いつも髪の毛なんて気にせずに過ごしていたから、余計に綺麗に見えるのではないかと疑うが、嬉しかった。先輩に ニッ と笑いかけてみる。

「 でしょ 、 想先輩のために したんですよ。 」

 先輩は、目を輝かせながらこちらを見つめる。そして、想先輩 … と呟いた。急に 名前で呼ぶなんて王道な距離の縮め方しか知らないな とは思ったものの、親密度を上げるためには ベタな方法を実践するしかない。例えば、分かれ道に立ったときに服の裾を掴んでみる、とか。しかし 実は 、今はそんなことを考えている暇などなかった。綴先輩と再び歩き始めた時から、ずっとういたちの足音に、誰かの足音が重なっていた。あと少し歩けば あの通学路にぶつかる十字路に着いてしまう。先輩と離れてしまう。ういは、先輩の腕に自分の腕を控えめに巻き付けて、体を密着させて耳打ちをした。


「 先輩 、誰かに つけられてます。多分。 」

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