第3話

 桜木うい は、 今とても緊張している。みんなの前でスピーチをする時よりも緊張している。なぜなら、『先輩』を教室の前で待っているからだ。昼休みに傘を渡し終えて、本当ならばもう用事は済んだはずだった。しかし ういは待っていた、先生の話を眠たそうに聞いている先輩を見つめながら。1年生のクラスは早めにホームルームが終わったので、こっそり他学年のクラスを覗いて先輩を探した。結局、先輩は3年生のクラスにいた。来年には卒業してしまうらしい。

 チャイムが鳴ったと同時に3年生たちが教室から出てきた。人混みに埋もれそうになりながら先輩を探す。女子3人組が出てきた。先輩はそのグループの真ん中にいた。

「 あっ 、先輩! 」

口にしてしまった。やっぱり迷惑だっただろうか。 先輩の友達らしき人が、先輩の肩を叩いて ういの方を指さした。先輩は、うい に気がつくなりスタスタと近付いてきた。先輩の両隣にいた人たちは先に行ってしまったが、先輩はお構いなしのようだった。

「 どした 、私に何か用でも? 」

こてんと首を傾げて ういを見つめる。

「 …… お名前聞いてなかったな って 、 」

目を合わせるのが恥ずかしくて、先輩のスカートの裾に焦点を合わせながら口を動かした。しばらくしても先輩は名前を口にしてくれなくて、嫌な顔をされているのかもしれないと思い、顔をパッと上げてみた。視界のほとんどが紺色に覆われた。近すぎてよく見えないが、黒いペンで書かれた文字がぼんやりと見える。「 ヌヌヌヌ 」

また口にしてしまった。本格的に おかしい人だと思われそうだ。確かに ヌが四つ書いてあるのだ。

「 桜木さんって面白いね、 これね、つづり そうって

読むんだ。 」

視界に先輩が入った。いつもよりも夕方の日差しが強く思えた。どうやら カバンに書いてある名前を見せてくれたらしい。綴先輩の口角が少しだけ上がった。

「 あのさ 、今から ちょっと遠くに行かない? 」

気がつけば ういの手は綴先輩に掴まれていた。

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