A・D ー戦場に舞えよ、乙女たちー

蒼色ノ狐

第1話 落ちこぼれのエース候補たち

  どこまで広がるような青空。

 とても穏やかなそんな空を打ち壊すような爆音。

 落ちて来る機械の残骸や巻き添えを食らった、ワイバーンの死骸。

 それらがここのいつもの日常であった。


「今日はやけに多いな!」


 そうぼやくように言いながら、青年は操縦系統を華麗とも思えるほどに操っていく。

 彼が手足のように動かすのは、十五メートルほどの巨大な人型機動兵器。

 俗にロボットと呼ばれる存在。

 彼はマニュピレーター、つまりはロボの手を動かして持っていた銃を構える。


 狙う相手は人ではない。

 だが先ほどのワイバーンのようなモンスターの類いでも、ない。

 その銃身が狙うのは、まるで天使の輪を付けたような大きな鳥。

 それを模したであろう機械である。


 鳥だけではない。

 それを取り巻くように、天使の輪をつけたようなUFOのような存在が複数体確認できる。

 そのUFOのような存在は、青年の操るロボットに向けて攻撃を開始する。

 青年は避ける事もせず、哀れにもその命を散らす。


「少しは避ける素振りでも見せろ、バカが!」


 だがそれを別のロボットが大盾を持って防ぐ。

 青年に怒鳴り散らしながらも、全ての攻撃を青年から守り切ってみせる。


「今日はそういう作戦でしょうが。それに、ウォルフ先輩ならきっちり守ってくれると信じてますので」

「ハッ! いつか期待を裏切られても無くじゃねぇぞ後輩! ほら、さっさと撃て!」

「言われなくても!」


 既に完璧に鳥にロックオンされた銃のトリガーを、青年は迷いなく引く。

 放たれるのは鉄ではなく、七色輝く光の束。

 それは青年の狙い通りに真っ直ぐ突き進み、鳥の頭上にある天使の輪を打ち砕く。

 すると、鳥は音を立てながら独りでにその体が崩れていくのであった。


「命中! 目標沈黙!」

「よくやった後輩! あとは雑魚狩りだ、行くぜ!」


 先輩と呼ばれた男は、ロボの大盾を肩に収納させるとハルバートと呼ばれる武器を持ってUFOたちを破壊していく。

 いや、その男のロボだけではない。

 先ほどから青年に敵を近づけさせなかった、他のロボたちも殲滅を開始する。


「さて、と。俺ももう一働きしますか!」


 そして青年も、負けてられないとばかりに突撃していくのであった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「いつもより多かったが、それでも楽勝だったな!」


 持っている特大のジョッキに注がれた酒を、まるで水のように飲むのはあの時先輩と呼ばれたウォルフと呼ばれた男。

 他の者を威圧するような大柄な体格もさることながら、一番の特徴は体中に生えている虎のような毛。

 そして虎と人間のパーツを足したような顔であった。


「アンタが威張る事じゃないでしょうが」


 そんな彼に苦言を呈するのは、褐色の肌をした美女であった。

 だがウォルフを小馬鹿にしたような態度を取る彼女も、人とは違う長く尖った耳が存在していた。


「ねぇ、コウもそう思うでしょ?」


 そんな彼女が声をかけたのは、先ほど鳥を仕留めた青年であった。

 コウと呼ばれたその青年は、傾けていたジョッキを置くと何でも無いように答える。


「別にいいんじゃないか? ウォルフ先輩のお陰で助かった訳だし、クリスもそう目くじら立てる事はないだろ?」

「今回のMVPがそう言っているんだ、別にいいじゃなぇか」

「はぁ。コウが何時までも甘やかすからコイツが図に乗るのよ」

「細かい事を気にしてると老けるのが早く、いたたたたた!?」

「誰が老けるのが早くなるって? ん?」


 テーブルの下でウォルフの弁慶の泣き所をひたすら蹴り続けるクリス。

 コウを含めたこの三人は同じ組織の部隊に所属している、言わば同僚である。

 その組織の名は『異世界防衛連合軍』。

 一般人からは連合と呼ばれる組織であり、同時に多くの人にとって希望でもある。

 そんな彼らにゆっくりと近づく、一人の影があった。


「随分と賑わっているな」

「ぶ、ブリスト大佐!?」


 声をかけて来たのが自分らの上官であるのを確認すると、コウたちは一斉に敬礼をする。


「軍務中ではない。気を楽にしろ」

「そうか。だったら何しに来たんだ叔父さん」

「お前は気を抜き過ぎだコウ」


 そう言いながらブリストは同じテーブルに座ると、コウが飲んでいたジョッキに口をつける。


「ふ、相変わらず甘い酒だな。二十二になっても舌は子どものままか」

「そんな事を確認するためにわざわざ忙しいのに来たんですか、上官殿」


 ブリストからジョッキを不機嫌そうに奪い返すコウに、彼は笑みを浮かべながら否定する。


「まさか。コウ、お前に特別任務を伝えに来た」

「だったら基地内でいいでしょうに」

「正式に決まる前に伝えておこうと思ってな」

「あの、ブリスト大佐? 我々は席を外しますね?」

「いや、そのままでいい。どうせ後で伝えなければならないからな」


 二人にそう言うと、ブリストは一拍置いてからコウに告げる。


「コウ・ロックハート中尉。お前は前線をしばらく離れ、アルゴラ基地にて教官を務める事になる」

「「はぁ!?」

「……」


 それに大きく反応したのはウォルフとクリス。

 当の本人であるコウは黙ったままブリストを見つめてる。


「ブリスト大佐! いくら何でもそれは!」

「そうっすよ! 特に何をしでかした訳でもないのに後方送りなんて!」


 常に前線で戦ってきた者たちにとって、後方に下げられるのは屈辱でしかなかった。

 それも教官をやらされるとなれば、ほぼ前線に戻る事はないだろ。

 その抗議に対し、ブリストは。


「黙れ」

「「っ!……」」


 ただの一言で二人を黙らせた。

 その様子を見て、コウがようやく口を開く。


「……こんな諺知ってます? 『餅は餅屋』という」

「確か専門家に任せた方が安全、という意味だったか?」

「ええ」


 コウはそう言ったまま黙り、不満を表す。

 それに対しブリストは大きくため息を吐く。


「……お前らの言う事は至極最もだ。だが、これにはこれで理由がある」


 上官はそう言うと、一つのタブレットをコウに渡す。

 コウがそれを受け取り、三人が中を確認すると三人の少女のデータが記載されていた。


「へー。可愛い子ばかりじゃねぇか」

「まあ、そうね」

「この三人は?」

「お前が受け持つ事となる三人だ。そのデータを見てどう思う?」

「……」


 そう問われて、コウは事細かにデータを見る。

 そしてブリストに返すと口を開く。


「惜しい」

「「惜しい?」」


 ウォルフとクリスが揃って疑問を口にするのに対し、コウは首を縦に振る。


「ああ。三人共、エース級になれるだけのポテンシャルがある。だが、それを活かしきれてない」

「流石だなコウ。上も同意見だ」


 ブリストはニヤッと笑うと、説明を開始する。


「この三人は言わば未来のエース候補だ。上層部は早く各々の欠点を解消して経験を積ませたいと考えている」

「それは納得しますけど、どうしてコウが? 本職の教官に任せた方が」


 クリスが恐る恐るそう聞くと、ブリストは首を横に振りながら答える。


「上は即戦力を欲しがっている。そこで実戦を経験している歳が比較的に近い人物を選出した」

「それが俺、という訳ですか」

「そうだ」


 そこからしばらく沈黙が続く。

 それを破ったのは、コウの諦めたように吐くため息であった。


「どうせ、拒否権なんてないんでしょ?」

「分かってるじゃないか。まあ半分休暇だと思って、気軽にやれ」

「無茶苦茶言うっすよね、大佐」

「何なら実戦で教えてやればいい。我が特務隊のエースであり、専用機まで造られた実力をな」


 当然の事ではあるが、個人専用の機体を造るというのは非常にコストがかかる。

 故に、専用機を持つという事はそれ自体がエースの証とも言えた。


「引き受けますよ。その代わり、俺がいない間に部隊が壊滅。なんて事は間違ってもしないでくださいね」

「はっ! 何言ってやがる! むしろお前が居ない間にエースの称号は俺が貰うぜ!」

「ウォルフの妄言はともかく、そんな事はあり得ないから」

「だ、そうだ。変な心配をしてないで、早く戻ってこい」


 それを聞いてコウは軽く笑うと、こう答えるのであった。


「ああ。任務である以上、しっかりこの三人を一人前のエースにしてやるさ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「だ・か・ら! 人が狙っている時に割って入らないでって言ってるでしょうが!」

「一々そんな事は分からんでござるよ!」

「……」

「そっちはそっちで無視してんじゃないわよ! あと訓練中に呆けるのだけは止めて!」

(ダメかも知れない)


 過去の自分の言動を思い出し、コウは深く後悔するのであった。

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