第5話 紀内葵②
レッドのブルゾンにブルーのジーパンという装いの葵はいそいそとした様子で、時折スキップをまじえながら北千住駅へと軽快に歩いていった。
そこからJRを乗り継いで向かった先は新大久保駅。
駅の改札口付近はかなり混雑していたが、葵はその人込みの中でひと際目立つ背の高い人物に手を大きく上げながら近づいていく。
あっ! 男!
鈴花は思わず心の中で叫んでいた。
二人は仲良さそうに、連れ立って大久保通りへと歩いていく。
コリアンタウンは、若い男女で大変なにぎわいを見せていた。
幅の狭い通りを行きかう人々をかき分けながら、二人はチュロスやチーズハットグを食べ歩き、コスメショップを何店か回って、プリクラを撮った。
とても楽しげに二人の世界に没入しているふうで、後ろからつけてくる鈴花に気づく素振りもまったくない。
最終的には、サムゲタン専門店の窓際の席に腰を下ろした。
こんな大勢の前で、堂々と男といるなんて・・・
いくら葵があけっぴろげなタイプだとしても、鈴花にはちょっと信じられないような光景だった。
だが、それは確かな現実だった。
鈴花は二人のいる店の向かいにある、臨時定休日のカフェの軒先に立ってこっそりと監視を続けた。
時折吹きつける北風が身にしみたが、缶コーヒーを両手に、我慢して立ち続けた。
そろそろ決定的瞬間を録画してやろうとスマートフォンを目の高さに上げて、その画面を二人にズームアップする。
と、突然、あることに気づいて鈴花は愕然とした。
あの人って・・・ 兄貴じゃん。
今葵に優しげな笑顔を見せているのは、紛れもなく、以前に葵がインスタグラムで投稿した画像に映っていて、兄と紹介していた男性だった。
日中このような繁華街を変装もせずに男連れで歩くなんて、となんとなく鈴花は思ってはいたのだが、相手が兄であればごく当たり前の行動だったのである。
この事実に気づいたとたん、ますます寒さが厳しさを増したように感じられ、また空腹であることを強く意識したが、鈴花は惰性でそのまま二人を見張り続けた。
一時間ほどで店から出てきた兄妹はぶらぶらと歩きながら駅へ戻り、帰途に就いた。
スカイツリーが間近に見える押上駅近くの瀟洒なマンションのエントランスに二人が入っていくのを見届けてから、鈴花は踵を返した。
自宅への道すがら、いいようのない虚しさと自分への苛立ちを抱えながら、鈴花は心の中で何度もつぶやいていた。
あーあ、わたしって、なんてマヌケ。
もう二度とこんなことをするもんか。
自室に帰ると、自分の憐れさにいたたまれなくなって、鈴花は声を上げて泣き続けた。
やがて泣きつかれると、ふと故郷を思い出した。
青森市街からは数キロしか離れていないけれど、周囲を山々に囲まれ、県道沿いにぽつんとたたずむ公衆浴場。
その浴場には温泉がこんこんと湧き出て、いつも地元の人々でにぎわっている。
そんな憩いの場をたった二人で切り盛りしている両親。
最後にあの温泉に浸かったのは、いつだったっけ。
もう何年も帰ってないなあ。
たしか、選抜メンバーになった最後の年の大晦日に・・・
おぼろげな記憶をたどっているうちに、いつしか鈴花は眠りに落ちていた。
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