第4話 紀内葵①
みれいの後を追って無駄な時間を費やした数日後の土曜日の午後、鈴花は自主練習のために劇場内のレッスン場に向かった。
すると、そこには
ダンスに熱中していたとみえ、葵は床に座り込み、タオルで吹き出す汗をぬぐっていた。
「葵、おつかれ、いつ来たの?」
「ああ、鈴花さん、午前中からだよ」
「へえ、がんばってるね」
「えへへ、だって、葵、センターだもん」
非選抜の鈴花に向かってピースサインを投げる葵。
その仕草にはまったく嫌みがない。
紀内葵は加入三年目で高校一年生の十六歳。
顔立ちは理想的な卵型の輪郭で、彫りが深く各パーツが整然と配置された美形だが、その表情にはまだあどけなさを残している。
さばさばした無邪気な性格の持ち主で、先輩にも臆することなく接し、可愛がられてもいる。
女性アイドルとしてはきわめて異例なことに男性アイドル好きを公言しているが、それでも反感を持たれることはなく、そうした自分に正直な性格が功を奏して女性ファンが多い。
そんな葵としばらくたわいのない会話を続けた後、みれいに投げかけたのと同じ質問を鈴花は試みる。
「ねえ、葵はさあ、彼氏とかいるの?」
「うん、いるよー」
「え? マジで」
「ウッソ、いるわけないじゃん」
「・・・ だよねえ」
鈴花は年下にからかわれて恥ずかしくなると同時に、軽い冗談を真に受けた自分が情なくなった。
「葵、もう帰るね。
鈴花さんもがんばって!
葵、鈴花さんと選抜で踊りたいんだ。
じゃあね」
葵の言葉は本心だったのかもしれないが、素直に受け取ることを心が反射的に拒否し、「おつかれ」とだけ鈴花はぶっきらぼうに返した。
ロッカーに戻る葵の後ろ姿を眺めながら、鈴花は少しだけ逡巡したが、すぐに心を決めた。
みれいへの作戦が失敗して以来、こっそり後をつけるという行為がなんだかバカバカしく思えて秘密を暴いてやろうという意欲が失せていた鈴花だが、今再び、そうした気持ちがむくむくとわき上がってきたのである。
幸いにして鈴花はまだ着替えていなかったので、自主練習は中止し、念のために用意していた尾行用の服装にレッスン場で手早く着替え、劇場を出ていく葵の後をこっそりと追った。
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