不揃いな二人

「はぁ……」


 襲撃が起きた。ルプスにとってその内容は、把握しようのないものであったが、それでもやはり、ルプスは疎外感を感じずにはいられなかった。


 再会したかつての同僚(?)、かつての自分と因縁のある友人との再会。


 魔女。アイドレ。その全てを振り返り、「どうしてこうなってしまったのか」と考え始めている頃だった。



『ルプス・スレイヤ』


「……!」


 そんな時、どうにも小さな声で、彼の名を呼ぶ男の声がした。


『生きて、そこから出たいか』


「何者だ? いったいなぜ———」


『ならば前を向いて、そしてただ進め。道は既にそこにある』



 ———それを最後に、その声はしなくなった。



「前を向け、か……


 ったく、なんて幻聴だよ……幻聴にしてはふざけてやがる、前にあるのは……牢だけだろ?」


 ルプスの発言通りだった。見る限りそこには、横に広がった通路と、それと部屋を遮っている牢しかない。



「だが……」


 だがしかし、と。

 この状況下、うずくまっていては死ぬだけだ。


 それをルプスも分かっていたからこそ、その時彼は気まぐれを起こしたのだろう。



「……!」


 その伸ばした指は、牢に触れた瞬間———透けたのだ。



「はん……またインチキの類、か……


 信用はできねえ、だが———進むしかねえ、か……



 ———いいじゃねえか、やってやる。俺のアイドレを、返してもらうぞっ!」



◆◇◆◇◆◇◆◇


「はぁっ、はぁっ、格納庫はどこだ? 俺のアイドレは……どこに行った?


 クソッ、らちが開かねえ……そもそも敵は一体———、」


「あっ、ルプスゥッ!」



 薄暗い地下通路を走り続けていたルプス。

 それを横から呼んだその声は、もちろん魔女だった。


「———よぉ、魔女。牛丼で飼い慣らされた気分はどうだ?」


「うん、最高だよ! あんな美味しいもの食べたことなくって———」


 ———魔女の返答は、ルプスの機嫌を損ね続けるだけだった。


「ちげえっ!……クソッ、何もかんもペラペラペラペラ喋りやがったな、この野郎っ!」


「だ、だってぇ……牛丼がおいしかったんだからさぁ……


 ———っそれにっ! ルプスったら僕に何もくれなかったじゃないか! そんなのに今更都合のいい!」


「こっちはこっちの事情があったんだよ! ったくふざけやがって、もうテメェのことなんざ二度と信用してやるか!」


「僕だってもうぜったいぜったいぜーーーーったいルプスのことなんか気にも留めないからな! そもそもキミったら僕のことを何にも信用してなかったろ! どこまでも都合のいい!


 

 魔力供給だってほら、たった今絶ってやったぞ! その辺で野垂れ死んどけっ!」



 ———そんな言葉を聞き届ける間もなく、ルプスはその魔女のいる牢屋から離れてしまった。


 もう彼には、アイドレのことしか見えていない。



 ……とは言っても、ルプスは自分が生き残る算段だけはあったのだ。


 それはおそらく、この基地に保管されているであろう『魔洞地核』を使うこと。


 魔女がなくても、アイドレがなくても、自分のかつての自由な生活を取り戻すことができる。


 ルプスの頭は、そのことだけで埋め尽くされていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇


 その頃、魔女は。


「行っちゃった、かぁ……



 っはぁああ〜〜〜〜っっ、やっちゃったぁ……」


 そのルプスの背中を見つめながら、過去の思い出に思考を巡らせていた。


「いや———」


 いや、それは思い出などではない。

 今まで過ごしてきた、壮絶なる人生の記憶。


 覚えている限り、苦痛か、虚無しかない。そんな無に満ち満ちた人生だった。


「あぁ……


 ルプスのやつ、最後まで……褒めてくれなかったな、僕のこと」



 ———実のところ、この数日間は、魔女の人生においてはかけがえのないものであった。


 なぜそうなのか。どうして、こんな何でもない———むしろ酷い状況をも、彼女は『かけがえのない』ものと思ったか。


 しかしそれは、誰にも伝えず。伝えることができず、彼女はその胸にしまい込んでいたのだ。




 でも、最後の最後で、本音が出てしまった。



「キミと過ごした3日間……悪く、なかったよ。


 だって、僕だって楽しかったんだ、なんだかんだ言いつつも、きっと……きっと、僕は笑ってたよ」


 ルプスと離れたその瞬間。その時から、彼女の瞳は揺れ始めていた。




「もう、に戻ることはない。きっと僕は、ここで暮らしていくんだろう。


 それ……そうさ、それだって悪くない! ここなら美味しい食事だってあるし、きっとそのうち牢からは出してもらえるだろうからさ、ここの団員の人たちとも仲良くなってさ!





 ……そうだよ、それだって……悪くない……はずなのに……









 ———どうしてこう……溢れちゃうんだろうなぁ……!」


 抑えきれなかった。留めきれなかった。

 止めどない感情の渦。彼女を襲ったそれは、雫の形を取って、そして床へとただ落ちてゆくのみ。




「なぁ……ルプス、キミだったんだろう?……僕を、あの場所から……連れ出してくれたのは……!


 アイドレを動かして、僕と共に連れ出してくれたのは……キミ、だったんだろう……?


 分かる、分かるんだよ、今なら!


 あの———あのと、あの姿はキミだったんだろう?! だったら!




 ……っ、ふう……


 キミのおかげで、ここ3日間は本当に楽しかったんだ。……人生で、初めての経験だった。




 だから……ううん、きっとそうだ。

 僕はもっと、いたかったんだ……キミと。









 ———それと、一回くらい……


 一回、くらい、魔法を……っ僕の魔法を!


 ……褒めて、ほしかった……なぁ…………っっ!!」


 


 彼女にどんな想いがあったか、それをルプスは知らない。

 彼女にどんな過去があったかを、まだルプスは知らない。



 だがしかし、その声はもう。

 ルプスに届くことは、なく———。

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