悶絶
◆◇◆◇◆◇◆◇
少しした後、また別の独房にて。
『……あら、ようやくお目覚め? あの子より遅かったわね、幾分か』
この別の独房に送られていたのは、ルプスだった。
「あ……」
その薄い目が開く。……と同時に、ルプスは自分が置かれた状況に、驚くことしかできなかった。
「何で……俺……
アイドレから降りたら……死ぬはず……で……!!」
『勝手なことして申し訳ないんだけど、魔力供給をさせてもらっているわ。
で、貴方には、いくつか聞きたいことがあって』
「アーデルハイト……やはり貴様か……シスターズのアーデルハイトッ……!!」
ルプスはアーデルハイトの話も聞かぬまま、狂犬の如き形相で睨みをきかせていた。
『まあ、それは今置いておくとしましょう。
魔洞地脈。貴方たちは、なぜアレを———』
「うるせえ! んなの知るかっ! ただこっちは依頼を受けただけだ!」
『……へえ。
貴方の魔女さん……すぐに漏らしたわよ?』
———。
ルプスの思考は、ほんの一瞬のみ停止する。
『『貴方の怪我の完治』……その為に、魔洞地脈を狙った、と』
「チッ……なぜヤツはそんな簡単に———」
『牛丼よ』
———。
ルプスの思考は、ほんの一瞬のみ停止する。
「は……はあ??????????」
当たり前のことであった。
牛丼……牛肉と玉ねぎと米でできた実にシンプルな料理。
———そんなもので、あの魔女が懐柔された?
『事情を話すと……』
◆◇◆◇◆◇◆◇
数時間前。
魔女に対するスルーズの『尋問』は、あまりに呆気なく終わった。
「美味い、美味いぞ、これぇっ!
初めて食った……けど、こんな美味いもの初めてだぁっ!」
そう、かの魔女は、たかが牛丼1つに懐柔されてしまったのだから。
『そろそろ、俺に向けて話してくれる気になっ———』
「……この牛丼、これからも食べさせてくれるんだよな?!」
『返答は不要、だろう』
「話すよ話す! もちろんさ、この僕が話さないわけがないだろう! キミの知りたいこと、何でも教えて———」
◆◇◆◇◆◇◆◇
……と言うわけだ。
チョロすぎる。流石のルプスも少し引くくらいにはチョロかった。
「あのバカ…………ッッ!!」
『アホで助かったわ、こっちも』
既に情報は漏れていた。自分たちが何をする為にここに来たのかも、その全てが漏れていた。
その事実に対してルプスは、もはや頭を歪めることしかできなかった。
『と言うことで、魔洞地脈……その中継地点の源泉ともなる『魔洞地核』……流石にそれについては分かるわよね?』
「それがどうした」
『その魔洞地核の輸送完了まで、貴方たちはここで拘束させていただくわ。悪く思わないことね』
そう言い残し、アーデルハイトは場を後にしようとする……その時、ルプスはまたも狂犬の如く牢に張り付き、そして叫んだ。
「何だぁテメェ、逃げるつもりかぁ? 泣き虫のアーデルハイトさんよぉっ!」
『……っ』
……何の変哲もないただの負け惜しみのようなナニカだったが、どうやら……
『……言った……わね』
どうやら、その煽りはアーデルハイトにとって許せないものだったらしい。
「ああ言ったさ! 何だ、胸もデカくなった癖して、未だ泣き虫なのは変わってねえのか?
……ったく、いつまでも子供じゃねえかよ。大体俺たちの依頼中を不意打ちなんて、一体どこでそんな卑怯な真似を覚えたんだか。
なぁ! 俺たちの教官は、そんなものを俺たちに教えて死んでったか? 違うだろ、なぁ!」
『……っ』
「甘党で! 泣き虫で! 成績はドベで! オマケに胸は断崖絶壁で!
変わっちまったもんだよなぁ、その性根の腐りようまでなあ!」
『……黙りなさい』
———珍しく、ルプスは口が乗っていた。
この女にだけは、と思い立ったのだろうか。
「この俺が、黙るとでも思っているのか」
『……それ以上煽るようなら、撃つわよ』
アーデルハイトがルプスに向けていたソレは、紛れもなく拳銃だった。
———ここで、ルプスにとって怪我をするのは致命的だった。
既にルプスは、その重傷をアイドレで何とかカバーしていると言う状態。そこにまたさらに重傷を負えば———。
「…………口喧嘩で弱いのだけは、変わってねえかなぁ!」
……だがしかし、ルプスは馬鹿だった。
『っ!
———?!』
アーデルハイトが、引き金に指を掛けたその時……外からなのか、強い衝撃が一帯に響き渡る。
『……行くわ』
「そうかい」
それによって、一触即発だった空気は、呆気ない会話によって終わってしまった。
「孤高に生きてゆくためには。この世界で生き抜くためには。そりゃあ組織の犬になるのが簡単だろうな。
……だがまあ、んなもんでテメェは満足するんだな。やっぱり変わったよ、テメェは」
その声が聞こえていたのかいなかったのかははっきりしない。
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