イド
『戦闘空域より離脱。ヴェリタス、敵性を解除したと見做し、戦闘モードを終了します』
「……まだ、生きてるか……」
既にヴェリタスの姿は、アイドレからは見えないようになっていた。
静まり返ったユニットコンテナに、ルプスはどこか寂しそうに思う感情を抱いていた。
———がそんなもの、ルプスには不似合いだと、自分でも思ってしまって。
「……」
それ故か、ふと……わけもなく、眠っている魔女の頭を撫でた。
『失礼ですが』
その最中、突如、機械音声がルプスに呼びかける。
『搭乗者の……貴方様のお名前は、何とお呼びすればよろしいでしょうか?』
「俺の名前……か?
なら、ルプスでいい」
『了解しました、ルプス様。
では、戦闘評価を行います』
「はあ……戦闘評価ぁ?!」
『まず、交戦したことそのものが間違いでした。勝てる見込みはほとんどなく、何故ルプス様がそのような奇行を取られたのか理解に苦しみます』
「何だと……お前……?!」
———人工知能は、想像以上に辛辣だった。
『それに、プレートの効果とヴェリタスの武装も分からないまま突っ込んだこと。これも、武装が少ない本戦闘においては致命的なミスになり得ます。
一方、サイドツーの姿勢制御に関しては素晴らしいスコアを見せていました。お見事です』
「……っふ、伊達に今まで傭兵をしてきてないからな」
『故に、豊富な戦闘経験は持ち合わせているはず———であるにも関わらず、やはりなぜあのような奇行に出たのかが理解できません』
「コイツ…………ッッ!!」
『———かつ、最後の魔力支援を断った理由。アレについても、私にとって理解し難い出来事でした。
思考回路がどうなっているのか、私には想像もつきません』
……
「この人工知能……っ、ああ面倒臭い! テメェは何て呼べばいいんだ!」
『独立戦闘支援型人工知能です』
「名前はっ!」
『独立戦闘支援型人工———』
「だーーーっ! わーったよ、名前つけりゃ良いんだろ!
そうだな……女みたいな声だし、アイドレから取って……お前は今日から『イド』だ」
『イド…………短絡的な名前ですね』
「そろそろぶっ壊すぞ」
———それで会話は終了した。それ以上に、イドに返す言葉はなかったからだ。
「鉱山の連中は引き上げた……戦闘を見て、だろうな。
とあらば依頼失敗か……全く、余計な手間をかけさせる。
———レオン、か……」
その男の名を呟きながら、ルプスは遥か遠くの空を見上げ続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ……う……
ここは……どこ、だい……?」
「お前の家だよ、魔女」
「ぼくの……いえ、か……
うれしいなあ、ずっと、ほしかったんだ……むにょむにょ……」
「寝ぼけてやがる」
結局、ルプスは自分の家に帰ってきた。
と言っても、既に依頼は破棄。もはやどうしようもなかったのである。
残った依頼作戦の実行日は明日。故に、余裕は早く作っておこうと言う魂胆だ。
『システム終了。オツカレサマデシタ』
「ああ」
アイドレのユニットコンテナが開放される。が、
「ったく、次はいつになったら起きるのやら……お前がいないと、機体の修理も換装すらもできやしないのに……
……寝るか」
半ば諦めに近いその1語をもって、ルプスの1日は終わりを告げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
———暗い。
暗く、暗く。機体の発する光以外、どこにも光源のない洞窟がある。
そこに跪いていたのは、アイドレと交戦した機体……ヴェリタス・レーゾンであった。
がしかし、損傷は決して軽いものではなかった。プレートの破損、本体装甲の破損……その他、魔力系の計器の異常。
だがそんなこと、ヴェリタスのパイロットはお構いなしらしい。
『ゼイン様』
ヴェリタスから発せられた声。本人は返事をすることはなかったが、その声は確実に聞こえてはいた。
『採掘場にて失踪したアイドレ、そして天の姫君と交戦いたしました』
『失敗、したのか?』
『ゼイン』と呼ばれた男の声は、若々しい少年の如き声であった。
いや、少年というものもおかしい。それこそ、まだ10代の、しかも前半のような———。
『ええ、はい。おそらく、姫君のものと思われる魔力衝撃波にて。
ヴェリタスは……ご覧の有様です』
『そうか。どうせ強化改修は予定していた。新しい装備を回そう。
報告はそれだけか?……アイドレと姫君の奪取、それが当分の命令になるが』
『ええ、はい、大丈夫ですとも。それ以外でも何でもお申し付けくださいませ、ゼイン様』
『そうか……では』
ゼインと呼ばれた者がそう口にすると、洞窟の奥に、小さな光が灯った。
そこに映っていた影は、とても子供のような影だったらしい。
『では、お前にアイドレ奪取の任を与える。
お前の部隊と、そして私の部隊も少し借りていくが良い。
我が魔術世界———『魔機科学融合棟』の使命に殉ずる働きを期待しているぞ、ヴェリタス』
『おおせの……ままに』
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