魔女との邂逅/復讐を、打ち砕きし偶像を。



 男の死は、ひっそりとしていて、呆気のないものだった。

 知る者は少なく、悲しむ者もまた少なく。


 彼には家族がいたわけでもない。友人も、戦友も、誰一人として今はいない。


 故に、彼の生きた証はすぐに忘れ去られる。




 そうさ、例えどうなろうとも、彼の生きた証は忘れ去られるだけだった———。

















 そう、




「あ……う……」


 男は致命傷を負っていた。

 確実に、あのままでは死んでいる状況下。


 しかし、そんな男の眼前に立った影は……


「サイ……ドツー……?」


 それは、ルプスの所持していた旧型のラヴエルではなく。

 白に塗装された、バイザー頭のラヴエルだった。


 ルプスはそれをすぐに見抜く。

 元々サイドツーの構造に詳しい……などというわけではなかったが、ラヴエルはウェア換装が特徴の為、そのフレームはすぐに見分けがついた。


「俺……は……っ」


「……あまり喋らないでもらいたいもんだね、キミ」


 ルプスの視線が左下に逸れる。

 その瞳が捉えたのは、鋼に貫かれた自身の身体と———、



 ……その傍らに立つ、白髪の少女だった。


「だれ、だ、おまえ……」


「僕ぅ?


 誰だ……そうか、誰、か…………






 魔女———とでも、名乗っておこうかな」


 魔女。

 その言葉に、ルプスは強烈な嫌悪感を覚える。


「は……そうかよ……クソ……」


 が、もはやルプスにはそれを口に出す元気すら残ってはいなかった。


 何せ、もうこの時は助からない。本人はそう思っていたほどで。

 実際に彼の体の中は、貫かれた衝撃で内臓ごとズタズタだったからだ。


 故に、予測は間違ってはいなかった。

 奇跡など、起こるはずもなく。


「ちょっとちょっと、寝てもらっちゃぁ困るよ、傭兵さん。


 キミ、名前は何て言うんだい?」


 が、返事はない。


「だから寝てもらっちゃ困るってば!

 キミ! キ〜ミッ! 名前は!」


 しかし、返事はない。

 あるはずがなかった。死に瀕した男に話しかける、この女が馬鹿なのである。


「…………はあ。

 別に、もうすぐ体も動かせる頃だろうさ。完治には程遠いから、アイドレに繋ぐけれども。


 その時には、せめて答えてもらうとしようか」


「は……つな……なに……?」


「本来キミの体は、放っておいたら生命活動を停止してしまうところだった。それは、言われなくともわかるだろう?」


 魔女の言葉通り、男はそれを理解していた。このままでは自分は死ぬと、その運命を受け入れることはなくとも、それを自覚してはいたのだ。


 そう、奇跡でも起こらぬ限り、この命はもうすぐ終わるのだと。



「だから僕はを使ったのさ。……まあ、それだけじゃあ完治には至らないから、アイドレに仕方なく繋いだ。それだけの話さ」


 アイドレ。それが何か、ルプスには未だ理解が及ばない。

 しかし、それを口にする体力は———、



「アイドレって……」


 ……信じ難いことに、ソレは蘇った。


「ようやく、か。

 魔力の回りも遅い……魔力回路はおろか、魔力器官すら持ってないのか、キミは?」


 ———魔力回路? 魔力器官?


 その言葉にも、ルプスは聞き覚えはなく。また、ソレに関する何の知識もなかった。


「さあ、そろそろ自分の名前を言うがいいさ、傭兵さん!」


「俺の……なま……」


 そんなことに目もくれず、ルプスは動くようになった自分の体に興味津々だった。


「ほら早く早く!……僕は確認したいんだよ、色々と!」



(元々全く損傷していなかった)腕を動かしてみたり、(今にも皮が千切れてしまいそうな)腹を曲げてみたり。


「僕のことを無視するな〜っ!」


「っあ……」


 ルプスの視線の先が、その魔女の碧眼と合致する。


 なんだかその、今までの少しばかり余裕のあった話し方が崩れてしまって、ルプスが不思議がったのもあってだ。


「ん……」


 がしかし、ルプスには名乗る気がなかった。

 この魔女が、信用に値しなかったからだ。


「……何で名乗らないんだよ、キミは」

「……」


 ルプスは、その服のポケットに手を伸ばす。

 そこに入っていたのは、1つの拳銃だった。


 殺す気だったのだ。

 命の恩人などと言った、そんなものは関係なく。ただ信用できなかったから、ここで殺そうとしていたのだ。


「それ以上……喋るな」

「んん??」


 男がその銃を突き付けようとした瞬間———、


「な……にぃっ?!」



「……始まった、か」


 その時、ルプスたちの立っていた大地が揺れた。

 何事か、と見上げた空は、途中からの景色が夕方のように切り替わっていた。


 ———火の手だ。



「……ねえ」


 改めて、ルプスはその魔女に見つめられる。


「傭兵さんは、死にたい?」


 そんなわけはなかった。

 死にたくない。できることなら、まだ生きていたい。


 明日の展望は、未来は、そんなものは何もない。そもそも、男は既に死んだ身であった。既に傭兵リストからも、その名前は消去されている頃だろう。


 故に、彼の生きる証を、生きた証を持つ者は、もはや誰もいなかった。





「……じゃあ僕と一緒に———アイドレに乗ってよ、傭兵さん」


 ———この女、以外には。

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