機巧傭兵は魔女と共に
月影 弧夜見
序章:アイドレの日
ルプス、死す/沈黙せしレーヴァテイン
……それは、ある雨に塗れた日のこと。
———この男は今日、ここで死ぬ。
それは確実に、運命付けられていた。
『LOGIC OS、起動確認。サイドツー・ラヴエルモデル、システム起動』
夜の闇と暗雲の影に隠れ、赤き単眼を灯らせた
『
そう、1つ。
機体の影は、闇に映った光の数は、たった1つの機影のみしか映していなかった。
そう、1人だったのだ。
「……」
男が乗っていたのは、サイドツー。
汎用人型機動兵器、サイドツー。
動き始めたのは、18メートルにもわたる鉄の巨体。その中にいた男は、操縦桿……レバーの横にある台に指を置き、それを2本指で突いて鳴らしている。
トントン。タントン。機体のコックピット———ユニットコンテナの中には、そのような音のみが流れていた。
「依頼は、ヤツらの襲撃」
淡々と、男の声が流れる。その視線の先にあったのが、夜にも関わらず明るさを増した場所だった。
「大変なもんだ、あんなヤツらに勝手に来られて……そのうち俺なんかにも、依頼が回ってきやがった……」
『何を独り言を呟いているのですか』
「……ふう」
男が独り言を流したユニットコンテナに、女性の声が響き渡る。
『ブリーフィングで、依頼内容は確認したでしょう』
「知らねえ、俺は俺の好きにやらせてもらう」
『……合流時間まで、残り1分を切りましたが』
「そう言えば、僚機の傭兵も随伴、か……
……だからどうした?」
この男、依頼を受けておいてこれである。作戦開始前に説明された内容など微塵も気に留めずに、あろうことか今この戦場に立っている。
「大体、俺は軍隊行動は嫌いだと口にしたはずだ。
だから軍に参加することもなく、1人で傭兵活動をして稼いできた。
いくらアンタが俺のオペレーターとて、アンタの意見にも従うつもりはない。
……俺は、俺のやり方で、依頼を全うする」
『……はあ』
呆れたようなオペレーターの女のため息が、ユニットコンテナを占めた。
男は傭兵だった。
この西大陸の西部の地———ギルドブッシュにおいて、どの勢力にも加担せず、ただ1人で依頼をこなす、一匹狼のサイドツー乗り。
「それより、報酬は弾むんだろうな? 1機あたり、50って話だが?」
『その予定です』
そんな彼が、今回受けた依頼がこれだった。魔術世界の採掘現場を襲撃してほしい———報酬となる
———がしかし、その十分過ぎるほどの量であろうと、今のルプスには必要不可欠なものだった。
何故そうであったかと言えば、ルプスは1ヶ月ほど前、自身が所有していた機体のパーツが、盗難に遭ったからである。
「……おっ」
『識別名サライヤ、識別名メタフィー、両機とも戦闘を始めたようです。
……行かなくていいのですか』
「他人などどうでもいい」
———しかしそれは、本来のプランからはズレていた。
「その方が、戦いやすい」
———しかしそれは、男にとっては好機だった。
遠くより、銃弾の爆ぜる音が聞こえる。
魔術世界のサイドツーと、依頼でやってきた2機の傭兵のサイドツーが戦い始めたのだ。
「そろそろ出向く、とだけ伝えておいてほしい」
そうオペレーターに言い残したのち、男が乗っていたサイドツー……ラヴエルは、その場より飛び立った。
暗闇の中を引き裂いてゆく閃光。
そのブースターの光は、採掘現場より少し離れたところにて止まった。
「……」
ラヴエルの左腕部の武器が格納され、右腕部に持ったロングライフルに両腕を添えて、今まさに交戦中の1機に向けて狙いを定める。
「っ!」
次の瞬間、ロングライフルは放たれていた。
『なっ、何っ?!』
1機爆散。
男の目は正常だった。
『てっ、敵襲か?!』
『聞いてないぞ……レーダーにも反応がない……!!』
「ふ」
未だ反動で後退するユニットコンテナの中で、男は薄ら笑みを浮かべる。
「馬鹿め……!」
そうしてもう1機、また1機と、交戦中の機体を撃破していった。
男が撃破した機体は、全て魔術世界によるもの。
サイドツーの『型』はこちらと変わらず、ウェア換装に向いているラヴエルがベースだった。
「どいつもこいつも、魔力機関だの、魔力式探知レーダーだなどと……!」
ロングライフルは6発放たれた。その全ては敵機に命中、瞬く間に爆発を引き起こした。
男がここまで気付かれずにいられた理由は2つあった。
1つは、男の機体が、旧世代式のカラコンを動力源としたものだったこと。
「魔術なんてな……幻想なんだよ」
もう1つは、展開していた魔術世界のサイドツー全てが、魔力探知式レーダーを採用していたこと。
魔力探知式レーダーは、最新型の魔力機関———マジニックジェネレーターにしか反応しない。
そりゃあ誰も、気付かないわけだ。
「あと何機だ……!」
『ブリーフィングを聞いていなかったのですか。展開中の機体は、全部で36機。ざっと、あと5倍はいます』
「隠密行動のままでは無理か……!」
瞬間、ラヴエルの左腕部の武器が展開する。
出てきたのは———杭打ち機だった。
「援護など頼まない。
増援など要りはしない。
殺すのは、俺だ」
ロングライフルを装填することもせず、ラヴエルは敵陣の只中に突っ込んだ。
『敵襲だぞ!!……機体はラヴエルタイプ、ヤツはレーダーには反応しない、すぐに増援を———っ?!』
ブースターの加速によって、超スピードに到達したラヴエルは、その敵機に既に迫っており。
「じゃあな」
次の瞬間、左腕部武装より排出された杭にて、敵機は貫かれていた。
『なっ……』
『殺せ……殺せぇえええっ!!』
杭を抜いた瞬間に敵機は爆散———それと共に、全ての敵機の注意がこちらに向く。
「っ!」
迎撃だ。
「決めるっ!」
猛スピードで突進し、杭打ち機で突き刺す———その戦法は、敵からの攻撃が来ようと変わりはしなかった。
20数機による集中砲火。持ち前のラヴエルの機動力でかわすはいいものの、やはり被弾は免れず。
『ルプス、増援を!』
「要らねえっ!」
『なっ……?!』
敵機を貫きながら、男———ルプスと呼ばれた男は、そう叫んだ。
『何故、ですか。
多勢に無勢、このままでは……』
「関係ない」
『私は……』
「関係ないと言っている」
『それでも私は、オペレーターです。
いくらただの契約とは言え、貴方の面倒は、最後まで……』
「他人なんて……」
ラヴエルの右肩に装備されていたミサイルポッドが開く。
ユニットコンテナの中には、マルチロックオンの表示が出ているだけだった。
「信用、ならないんだよっ!」
男の声と共に発射されたミサイルは、魔力探知式の誘導弾。
敵機を追従し、1機1機と落としてゆく。
『……そう、ですか』
ラヴエルの左肩に懸架していたライフルが、脇下の部分に展開し、敵機を狙ってそれは放たれた。
———残り4機。目視できるだけで、それしか残っていなかった。
「どうせ、俺は生き残る。
アンタの心配なんか、あまりにも余計だ」
『…………っ』
ロングライフルを再装填。ユニットコンテナのディスプレイに表示されていた弾薬表示は、緑色の文字で『6』と描かれているものに戻った。
『魔術世界に———栄光あれぇぇえええっ!!』
ルプスのラヴエルに向かって、飛びかかってくる機体が2機。
しかしそれらが装備していた魔力刃は、ラヴエルに届くことはなく。
「受け取れ、デザートだ」
ラヴエルは1機にライフルを、2機目に杭打ち機を押し付けた。
何せ、勝負は初めから決まっているようなもの。
力量が、技量が、違いすぎた。
「フ———」
しかし物量も、違いすぎた。
「なっ…………がっ…………?!」
そう、勝負は初めから決まっていた。
こんな敵陣の最中にただ1機。しかして相手は36機。
『あ、相打ちにでも……持っていければ……!』
———男には、腕に自信があった。
自分ならば絶対に負けない。ただ1人で依頼を遂行してみせる、と。そんな漠然とした自信を抱き。
「は———ぁ……」
また、男には譲れないものがあった。
それは他人の手を借りること。他人を信用すること。
だから単身で突撃もした。だから単身で戦いもした。
その結果がコレだ。
物陰に隠れていた最後の敵機に、その脇腹を貫かれたルプスのラヴエル。
死に瀕した騎士が血を流すように、ラヴエルからは赤黒い液体が漏れ出していた。
———が、それだけじゃない。
敵機の突き刺した長刀は、ラヴエルのコックピットにも突き刺さっていた。
「はっ、はっ、っ」
致命傷、だったのだ。
『……ルプスッ!!』
そして、雑にラヴエルが投げ捨てられ、採掘場の最下層に落ちていくことによって……通信は、終わった。
『……心配は……要らないと……
っ交信……終了……
依頼を……遂行できなかったと……みなします……』
雨の降り止まぬ夜。
ただ1つ、採掘場の奥より———衝撃音が鳴り渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます