第1章/青き咆哮 第7話/円陣の作戦会議
一
サウドの言葉を受けて、部下のなかでもひときわ大柄で陽気な顔立ちの男が続ける。
名はジャバー。
「良い頃合に死んでくれれば、金も払わずにすむってことですな」
「ちげぇねぇ~!」
冗談にしても笑えない。だが、彼らはまるで他人事のように笑い、相づちを打っている。
部下達の軽口を聞き流して副官がアサドに話しかけた。
「おそらくは、アル・シャルク北方方面軍の司令官はイクラース将軍──歴戦の名将です。野戦ではたとえ互角の兵力を持ってしても、ウルクルが勝利を得ることは不可能でしょう」
「だが、ウルクルの軍師は、野戦による総力戦を決行するつもりのようだぞ」
アサドが呆れたように呟いた。
珈琲を手にしたアサドが、焚き火を見つめながら呟いた。
「軍学書通りの正攻法の野戦ですか? 実戦経験の無い秀才軍師ですな。机上の戦略には長けてはおりましょうが、使いものにはなりませぬな」
サウドは冷静に分析する。
ミアトが不思議そうに訊いた。
「野戦じゃまずいの? 頭数だって敵の主力が到着する前だったら、たぶん互角でしょ。それに……」
「それに?」
「いくら小国でも、大守から任命された軍師なんだからさ、それなりの器量はあるんじゃないの?」
ミアトが小首を
どうもこの少年、見た目の年齢と中の年齢が、違っているような風情である。
少年のふりをした、別のナニカのような───
「アサド殿から聞いた作戦から推測するに、確かに頭は良いだろうが…あまりに実戦の経験が無さ過ぎる」
「なんで分るの?」
「ウルクルの軍師殿の作戦は、
サウドの言葉に、ミアトはまだ納得がいかないようだ、口をとがらして考え込んでいる。
二
「良い機会だ、ミアトに戦術の
「囮兵による遊撃戦…それが問題なのだ。兵は単なる駒ではない。駒ならば捨て石になることも厭わないであろうが、人間はそうはいかなぬのじゃよ、ミアト」
「どういうこと? おいらにもよく分かるように説明してよ」
ミアトがひどく真面目な顔でサウドに向き合う。
「そうだな……ふむ、例えば敵将の首を取るために、囮の部隊を使って追撃してきたところを挟み撃ちにすると言う戦法がある。古来より良く見られる戦法だが、往々にして失敗する戦法でもある。なぜかわかるか?」
一瞬ミアトはいろいろと考えたが、すぐに、分からない、と言うように首を振ってサウドの方を見た。
見当はずれの答えを言って笑われるのもしゃくだし──そんなミアトの考えを読み取ったように、眼を細めながらサウドが続ける。
「囮部隊は基本的に捨て石だ。わざと殺され、敵の注意を引くのが役目。だが、最初から死が期待されている部隊に、いったい誰が好き好んで志願する?」
老兵の言葉に何かを感じるのか、ミアトは黙って聞いている。
「たとえ強制的に動員しても、敵の懐深く侵入し敗走するという目的に失敗するのは、人間が恐怖という感情に支配される存在だからなのだ。自分の役目によほどの覚悟や責任を持った兵士達でなければ、こんな単純な戦法すら実行は難しいのじゃよ」
机上の戦略論を弄ぶものは、兵士の心を見落としやすい。
遊技の駒を動かすように、この部隊を捨て石にして敵をおびき寄せ、ここで決戦を仕掛ければ大勝利……などという計算をする。
故に、古来より囮部隊の人間は作戦の実態を知らされることなく動員される。
本気で戦い、本気で敗走する。その方が理想的な作戦遂行が出来るのだ。
三
「そんなもんかなあ。おいら、あんまり恐怖って感じたこと、ないもんなぁ~」
「確かに、#おまえ__・__#は、そうだろうがな」
何かを思い出したのか、アサドは苦笑し、他の赤獅団の面々もそれに続いた。
「そうじゃなぁ……ではミアト、そちに尋ねるが、枝に止まりし小鳥三羽、一羽を矢によって射殺せば、何羽の小鳥が残っておるかな?」
「バカにすんなよなっ。そんな簡単な引き算、できないわけないだろ!」
いたくプライドを痛く傷つけられたミアトは、顔を真っ赤にして抗議した。
指を二本立てて、グイと前方に突き出した。
「三引く一だから二羽に決まってるじゃねぇかよ」
「違う!」
ミアトの言葉をサウド副官、間髪入れずに否定した。
「二羽、ではない。驚いた小鳥は皆逃げてしまい、一羽も残ってはいないのだ」
あっ、とミアトは副官の顔を凝視した。
戦場の兵士の心は、机上の計算どおりにいかないと言う意味が、初めてミアトにも理解できたのだ。
「戦場の人は樹上の小鳥以上に、臆病なものだ」
「前線に立つ兵士の心理をまったく理解していない…とは、このことを指すのじゃよ、わかったかなミアト? 勇敢な自分から臆病な他人を計ってはならぬだ」
「実際に闘う人間の恐怖とか誇りとか…全部計算に入れなきゃならないってことかぁ」
混乱と恐怖が支配する戦場では、人間は冷静には動けない。
作戦の何割が実行できるか、その時になってみなければ計り難いのだ。
「人間が最も動くのは怒りと恐怖を感じた時だ。恐怖に駆られた集団は、怒りに駆られた集団よりも、強大な力を発揮する。だが、恐怖は往々にして暴走を産む。故に有能な指揮官にはその混乱を、怒りを、恐怖を御せる器量が必要なのじゃ」
副官の眼をじっと見つめたミアトは、コクリと頷いた。
「だが、そんな卓越した指導者はそうざらにはいない。城主が無能、軍師が無能では、いくら指揮官が有能であっても、ウルクル必敗は揺るがず」
サウドは静かに言い切った。
四
少なくとも、今日一日で得た情報では、ウルクルに人材がないことは明白であった。
例えいたとしても、探し出すことは容易ではない。
ウルクル自体が、もともとアハマル朝アル・シャルクの版図であった。
八年前にアル・シャルク本国でのアーバス家による
さらに商人が住民の半数を占める都市国家である、ということは当然国家に対する帰属意識も薄い。
略奪と蹂躙さえなければ、国王が誰であろうと商人達にはあまり関心はない。
逆に言えば、一番信用できない国民だと言える。
国民の意識、ひいては兵士の意識に関しては兵力以上にウルクルは不利であった。
「……して、我々が執るべき戦法は?」
「守城戦、それ以外にございませぬ」
アサドの問いに、副官は即答した。
「徹底的な守城戦にて、長期遠征で疲れたアル・シャルク軍の兵力を削ぎ、最終的に野戦での決戦に持ち込む、そうだな? サウド」
アサドの言葉に、副官は頷いた。
「そのためにも、アル・シャルク北方方面軍本隊が到着するまでの一ヶ月の間に城の守りを固めなくては。敵の先鋒隊との最初の野戦で、彼我の戦力差ははっきりいたすでしょう。願わくば我ら傭兵部隊と農民部隊以外が全滅しないことを……」
「全滅はさせん」
副官の言葉を遮るように鋭く、アサドが呟いた。
「最終的には我々が全軍を掌握する必要がある。作戦会議に参加できなければ、しょせん傭兵は傭兵だ。我らの力を見せつけなければな」
「どうやって?」
「ウルクルの主力部隊は大打撃を受けるが、我が傭兵・農民兵混成部隊はアル・シャルク先鋒隊を全滅させる」
「そんな芸当出来るの?」
眼を丸くしたミアトの問いにアサドは答えず、微かに笑いを返した。
中天に輝く巨大な銀の月が、静かに彼らを見下ろしている。
赤い砂漠は今、白い海原に変わっていた───
■第1章/青き咆哮 第7話/円陣の作戦会議/終■
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