第19話
第十九話
”『第3764章』
「グルルルル……」
まるで、暗闇の唸り声が明るい陽の下で身を焦がしながら駆け抜けます。それは、白い毬玉です。毬玉の腹の三日月型の欠けに獣のような歯がいくつも尖っています。白い毬玉は獣のように這いながら丘陵地帯を駆け抜けます。殺意に力んだその爪に傷ついた地面が三日月の形に血をにじませます。白い毬玉はハタと止まります。風が止んだからではありません。ある丘の麓に3人分の足跡の形をした青血を見つけたからです。その足跡型の青血を辿って毬玉は丘の頂上へと向かいます。しかし、足跡はなぜか丘の中腹で途切れています。
毬玉はまるで死人を愛しているみたいに地面を引っ掻き掘り出します
「どこだ!災厄!どこだ!」
彼には見えていません。丘の裂け目も、その咳き込みも、咳を追って塔を為す咳切虫のひし形も。しかし、彼の凶暴な暴れようが見えない穴を踏み当てるのは時間の問題でしょう。”
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親愛なるサーヤへ。
僕は今からあなたとの冒険をあなたへの愛をその一分一秒をも無駄にせず言葉として語ることにする。サーヤ、あなたが生まれてきてよかった。あなたが生きているということそれだけが、僕にとっての幸福だ。
「何をぶつぶつ言っているの?」
あなたはわたしにそう尋ねる。私は心の動揺を嘘でごまかす。
「いや、あれからどれくらい歩いたかなってね」
「もうすぐだよ」
人魚の女が振り向きもせずにそういう。と言っても女が振り向いているかどうかわからないぐらいあたりは真っ暗だったが。
「もうすぐだよ。もうすぐだよ」
あなたが人魚の女の言葉を繰り返した。だから僕は「フッ」と少し吹きそうになる。
人魚の女はピタと立ち止まった。あなたが彼女のことを怒らせてしまったと思って僕は身を固くした。僕は彼女の怒りの矛先をずらそうとある名前を呼ぶ。
「ねえ、君。リンだよね?電車でハスに虐められてた。」
「そうだよ」
声がはっきりと聞こえたからリンがこちらを振り向いたことに気が付いた。彼女の瑞々しい声に怒りの濁りは一切なかった。
「ずいぶん雰囲気が変わったね。前は何というのか……おどおどしてた。」
「そうだね。智慧を得たからかな」
「智慧?」
「そう。真理のことさ」
「真理?」
「いずれわかるよ。それより、あなたたち。追手に追われているんでしょ?今のままの姿でドレスシィ城に入ったら、もしかしたらバレるかもよ。」
「バレるかもよ。バレるかもよ」
君がそう繰り返す。
僕が「うーん」とうなると君は「うわー」と鼓膜が破れそうなぐらい大声を出す。
洞窟内にその声が反響するのが収まるのを待ってから僕は尋ねる。
「どうしたの?」
「ううん。悩んでただけ。だって、姿を変えると言っても限界があるでしょ?」
あなたのその疑問にリンがすぐに答えた。
「安心して。あなたたちの姿はこの地下洞窟を抜けるころには全くの別人になっているはずよ。」
「え?」
「え?え?」
「この洞窟はね、潜ると姿が変わる不思議な洞窟なの。そのせいで、ドレスシィ城の人たちはみんな何というのか不思議な見た目なんだ。まあ、自分たちがどう変わっているのかは洞窟を抜けてからのお楽しみだよ。ここでは、わずかな光すら息ができないからね」
リンがそう言ってマッチを擦る音をさせた。マッチが付くときの小気味の良い摩擦音が確かにしたが暗さは一切揺るがない。
僕たちはとりあえず、前に進むことにした。
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