第16話

  

 僕もサーヤも頬を赤く染めながらぬかるんだ丘を登っていった。僕たちはまるでドレスシィ城に恋する亡霊みたいだった。

 丘を登りきるとそこは白い花畑だった。まるで、地獄から逃げてきた魂たちが地面から空に顔を出したところに僕たちが出くわしたみたいなそんな霊的でかつ切迫感のある光景。無数の魂が天国へ登ろうとするのを茎が大地に繋ぎ止めている。そんな光景。そんな花々のまるい白たちだった。

 一際強い風が吹いても茎は鎖のように魂たちを離さない。風になびくその茎からジャラジャラと金属音でも聞こえてきそうだ。だが、たった一つ。たった一つだけ花が首から離れて青空へと舞い上がった。

 「行けー」と僕は叫んだ。

 「行けー行けー」とサーヤが僕に倣う。

 だが、僕たちの願いもむなしく花は風に食べられて散り散りになってしまった。いまはただ、魂の欠片のような花びらの白色が僕の靴の先に落ちて来るだけだった。


 僕が花びらが落ちた靴で青空を蹴り上げるとサーヤは僕よりも高く空を蹴り上げた。

 「なんで真似するの?」

 「なんで真似するの?」

 彼女は僕の声を飲み込むような大きな声でそう叫んだ。

 僕はさらに大きな声でおらぶ。

 「だからマネしないでよ!」

 「だからマネしないでよ!」

 彼女は大砲みたいな声でそう叫んだ。

 その時、彼女の背後で白い花たちが逆向きに降る雪みたいに空に昇って行っていたのだが僕はサーヤとの口論に夢中になってそれには気が付かなかった。

 のどがヒリヒリと痛んだから僕は小さな声でつぶやいた。

 「もういいよ。」

 すると、彼女は僕よりもか細い糸みたいな声で言う。

 「もういいよ」


 その時だった。

 「ぐごおぉぉぉぉぉおおおお」

 とまるで滝の咆哮みたいな声が聞こえてきて僕は反射的に身を伏せた。サーヤは地面を掘ってまで僕よりも深く身を伏せている。僕は匍匐前進で移動し丘の頂上からふもとを見下ろした。サーヤも相変わらず僕の真似をしてふもとを見下ろす。

 そこには、白い毬玉がいた。毬玉は三日月型に凹んだ腹から轟音で叫びながら白い花々を荒らしている。

 「裏切り者はどこだ! サーヤはどこだ!災厄め!」

 僕たちは蛇に怯えるウサギのように静かに潜んでいなければならなかった。しかし、サーヤはというとしきりにもぞもぞと動きついに手で地面を押して立ち上がろうとするではないか!サーヤに抱き着いて僕自身を重りにしてサーヤを無理やり伏せさせた。そして、サーヤが何か叫ぼうとしたから僕は彼女の口を慌てて塞いだ。そしたら彼女は僕の親指と人差し指の付け根の部分に噛みついた。声をあげたのは僕だった。

 毬玉が狼のように耳聡くこちらを向いた。もうだめだ。

 その時だった。毬玉の前の土に湿っぽい音を立てながら足跡が出来た。主のいない足跡は僕たちとは反対の方角へと続いていった。毬玉はその足跡を追って丘を去っていった。そして、僕たちに残されたのはさんざん散らされた花畑と主のいない水かきのある足跡だけだ。

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