第14話

 災厄少女に関する講義その101

 街の歴史で最も新しい災厄は災害する音、音害だった。はじめ、街の者たちの声から音が死んだ。空間やら地面やらに出来た歯型の腫れに街の者たちの声がそれぞれ閉じ込められていたのだ。そして、閉じ込められた声は数分で解放されることもあれば一日も一週間も封じられたままのこともあり、永遠に聞こえない声もあった。これが災厄の兆候であることに街の者たちはすぐに気が付いた。そして、街の者たちは一人の人間と一人の鬼と一匹の怪物との三人の勇者に災厄少女サーヤの討伐を命じた。


 「先生、どうして三人の勇者は災厄少女サーヤを街に連れて帰ったんですか?」

 白い毬玉は大きなおなかの三日月形の欠けを手で触れる。

 「うん。いい質問だね。」

 毬玉のセリフの最後の「ね」の音が小指を無理に伸ばしてピアノの一番右の鍵を押したみたいに、高く跳ね上がった。毬玉は喉を押さえて「ごほん」と咳払いして喉のキーを整える。すると、空気に潜んでいた咳切虫が半透明なひし形を連ねながら現れ、咳を追いかけていく。

 「それはね、災厄少女は街で殺さないと災厄が解けないからだよ。」

 毬玉がそう言うと教室中の学生たちがわっと笑い出した。なぜなら、毬玉の声は最後の「よ」という音以外すべての音が笛を咥えながら喋っているみたいな高音だったからだ。

学生たちは机を拳でバンバン叩きながら笑った。白い毬玉だけが氷のように青くなっている。

 教室の笑い声を消したのは扉が開かれる火薬みたいな音とある者の訃報だった。

 「ハスが死んだ!裏切られた!見たんだ!」

 そう訃報を告げた男は自分の息切れを追いかけるようによろよろと前のめりに倒れた。学生たちが男から毬玉へと続く垣を為す。男は床を這い毬玉の肉に埋もれそうな短い足を掴んだ。

 「復活した。災厄少女が。」

 そのセリフの最後の音「が」が火薬のようなにおいを放って、男は気絶した。毬玉は相変わらず笛を咥えたような高い声で学生たちに命じる。「災厄少女が、サーヤがまたやってきたようだ。裏切り者ともども捕らえて、始末しろ!」学生たちは銃弾にでもなったみたいに次々と教室を出ていった。伝令の男も担がれて外へ出た。


 たった一人、残された毬玉の冥臓に令がかやらぐ。

 毬玉の肺に授兆された火が冥臓も喉も焼きながら昇ってきて慟哭に熱と火の粉を帯びさせる。

 「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 冥臓 それは、霊体の臓器であり感覚器官でもある。ある者は胸に、ある者は喉に、ある者は瞳に、ある者は頭に、ある者は臀部に、あるものは踵に冥臓を有している。そして、それはまさしく幽霊のように体中を彷徨うのだ。冥臓は体のどこにでも存在でき、そしてどこにも存在していない。実体はないが作用だけはある。例えば冥臓は人体から血や熱や音を受け取り、それを未知などこかへ運んでいる。そして、唯一冥臓は令と呼ばれる刺激物を感覚できる。そのくせ、形も重さもない。死者の身体から冥臓が見つかったことはない。だが、それは確かに在る。不在の存在。それが冥臓だ。

 令 それは、冥臓のみが感覚できる刺激物だ。令を感じることをかやらぐと言う。

 普段生きていて僕たちは冥臓のことを令のことを意識することはほとんどない。なぜなら、呼吸や心臓の音をいちいち数えていないのと同じように冥臓の働きや令をかやらぐことは僕たちにとって当たり前のことだからだ。

 しかし今、僕は冥臓を意識している。なぜなら、僕の肺が走るために呼吸した息が冥臓に横取りされているからだ。肺が冥臓と空気を取り合う中で傷ついた。肺の中を空気ではなく痛みが満たして僕はとうとう胸を押さえてその場にうずくまった。

 「どうしたの?」

 サーヤが僕の背をさする。そのセリフの途中の「し」の音が鈴のように美しかった。ふいに、令がかやらいだ。そして、冥臓が喉から上へとゆっくり昇って僕の左の瞳に宿る。空気が勢いよく肺に吹き込んできてその内壁の傷をヒリヒリと痺れさせる。僕は激しく咳き込みながらもなんとか息を整えて立ち上がった。サーヤは僕に肩を貸してくれた。

 「ねえ、サーヤ。」

 「なに?」

 「今の僕の数字はいくつ?」

 僕は祈るような眼差しを彼女に投げた。彼女は僕以上に熱いまなざしで僕を見つめてきた。その熱と時間に耐えきれなくなって僕は目をそらした。

 「あなたこそ、私の今の数字はいくつなんですか?」

 「え?」

 僕がそう困惑すると「え?え?」と彼女はさらに困惑したように目を泳がせた。

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