第12話
門をくぐるときカラーパを見つけた。門の柱の裂け目に露出した骨の一部みたいだった。それは、僕の想像の中で門を支える柱にとっての大腿骨を思わせた。
僕は丘のふもとに立った。瞼の裏に焼き付いた丘上の木の景色を僕はつばと一緒にごくりと飲み込む。僕はゆっくりと丘の斜面に足を掛けた。やはり、自分の胃の底を自分の足で踏んでいるような痛みがする。それでも、僕は歩き出す。世界は自分のお腹の中を歩いているようなあべこべな入れ子構造なのかもしれない。
丘を踏むたびに感じる腹痛に顔を歪ませながら僕は漸く丘の中腹へと至った。その時だった。僕が踏み出す一歩が腹痛ではなく足の形をした甘味に代わったのは。歩くたびに幸せにキスされているみたいな甘味が腹痛を癒し胃を楽しませた。幸福が時間を殺したみたいに気づいたら僕は丘のてっぺんにいた。中腹から頂上まではまるで瞬きの間に僕は感じた。
僕は一本の木の幹を手で触った。僕の手は木によって痛みもなく食べられてしまった。そして、木は何の抵抗もなく僕の手を返してくれた。これは木ではなく色霊だから。よく目を凝らしてみると木の幹には絵の具みたいな質感があることに誰だって気付くだろう。
僕は木の形をした色霊の隣に膝を抱えて座り込んだ。
赤と青と黄色の絵の具を水に溶かして空に流したみたいなそんなカラーパの緩やかな線を僕は目で辿っている。
すると、冥鳴りがした。それは、何というのか温かくて明るい音だ。冥鳴りを言葉で表現しようとするといつも息が苦しくなる。なぜならそれは、決して言葉で言い表せないだれも聞いたことのない音だからだ。僕は苦し紛れに呟いた。
「光の弦音」
言葉と入れ違いに空気が僕の肺を満たしていく。どんなに落ち込んでいても罪に潰れそうになっていても、冥鳴りを聞くと僕は元気になる。
病める者にも健やかな者にも王様にも奴隷にも敵にも味方にも善人にも悪人にも生者にも死者にもこの世界の全ての存在に聞こえる音だから。
これは、僕の勝手な解釈だけれど「君はここにいる。ここに居ていい。」と言われているような気がして冥鳴りのために胸が熱くなって目がじんわりと濡れて来るんだ。
まるで、喉に耳の穴でも開いたみたいに「し」という音が幽かに喉に聞こえてくる。僕は手で喉を温めてしばらく固まっているとその「し」という音は徐々に薄れていって息苦しさも収まっていく。
その時だった。カラカラカラと車輪が骨を鳴らしながら馬車が丘へ通りがかった。馬車と言っても馬の姿はなくてただ、蹄の跡だけが馬車に先んじて地面に捺されている。そして、車輪が引く二筋の線がナイフで頬を傷つけたみたいにじんわりと血色を帯びていった。それは、いた痛々しいというよりはむしろ生き生きとした力強さで揺れた。
馬車は丘のふもとで止まった。扉が開いて出てきたのは白い羊毛の少女だった。
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