第6話
ところで坊主頭のように短く刈り込まれた緑の上に僕たちは立っていた。人魚の少女のものだろう血に染まって花びら見たいになった鱗が緑に点々と映えている。僕が何となく地面を蹴ると緑色の地肌はあっけなく剥げて、歯抜け老人が口からこぼす食べ物みたいにぽろぽろと土が転び出てきた。
僕はあるものに気が付いてその地面の凹みを指さした。そこには、土の暗い色と対称を為すような明るい青色がほんの少し覗いている。
「あ」
僕の大きく開いた口の歯型を受肉した空間からある発見を告げる僕の声が遅れて聞こえてくる。
「カラーパじゃん!」
僕の発見を言い当てたのはハスだった。サーヤが唇で蝶々のような形を空間に受肉させてから、身をかがめ地面の凹みをのぞき込んだ。
その時だった。
「ゲッホゲッホ」と痰が絡んだ老人のように地面の凹みがせき込んだではないか。ねばねばとした泥土がサーヤの綺麗な顔を汚して、さらに咳切虫がひし形を連ねながらサーヤの顔に突き刺さる。まさに泣きっ面に蜂という災難だった。
「ははははは!」
サーヤの不幸を指を刺して笑うのはハスだった。サーヤは腕で顔の汚れを拭いながら空気を噛みハスに詰め寄った。彼女の怒りの声は空気に作られた噛み傷に閉じ込められてすぐにはハスに届かない。
「どれどれ?何色のカラーパ?」
悲劇が起こる前の好奇心に満ちたサーヤの声が空間の赤いちょうちょ形から聞こえてくる。それは、今ハスの胸ぐらをつかんでいるサーヤの姿から発せられたとは思えない陽気さだ。
ハスはサーヤに首を揺すられてもへらへらとしていた。まるで笑うために生まれてきた人形みたいに。その態度が気に喰わないのかサーヤはさらにハスを強く揺さぶる。すると、毬玉が三日月形に欠けた腹でサーヤを掴んでハスから無理やり引きはがしてしまった。まるで、木から剥された昆虫みたいにサーヤは手足をじたばたさせる。
「あんた!何がおかしいのよ!」
サーヤの歯型を受肉した空間から彼女の怒りが遅れて聞こえてくる。
すると、ハスは急に仮面みたいに笑い止んで腰を落とし地面の凹みを指さした。地面の凹みは息を受肉しているらしかった。乾いた呼吸が土を内に外に転がして遊んでいるみたいだ。凹みの呼気によって青い宝石みたいなカラーパが埋もれたり現れたりを繰り返している。
「そうだ!カラーパ狩りをしようよ」
ハスはそう手を叩いて起き上がった。
「俺は、一個目だぞ!」
ハスはそう言ってはしゃぎながら丘の方へと駆けていく。毬玉がサーヤを解放してハスの後を追っていった。ハスがいた空間が手の形をした赤い腫れを受肉しヒリヒリと痛そうに震えている。僕はサーヤの手を引いて歩き出す。サーヤは僕の手に惹かれながら後ろを振り向き人魚の少女リンを優しくて招きした。
カラーパ狩り。簡単に言うとそれはカラーパ(色霊)を探す遊びだ。石の下に隠れている青いカラーパや花に擬態しているふうな赤いカラーパや雲に交じっている白いカラーパなど見つけにくいカラーパ(隠れカラーパ)を多く見つけたチームの勝ちだ。逆に、空に火球のように浮かんでいる大きなカラーパとか草原に塔のように聳えている暗いカラーパとかそういう明らかにそれとわかるカラーパは得点にならない。
今、僕とサーヤとリンはドレスシィ城に背を向けて丘の方へと歩き出す。カラーパを探しながら歩いているうちに目的地の街につくだろう。カラーパ狩りはその間の遊びとしてはもってこいだった。
サーヤはまだハスに笑われたことに腹を立てている様子だったけど、僕が最初の隠れカラーパを見つけてからはカラーパ狩りに夢中になった。僕が見つけたのは草みたいな色形をしたカラーパだった。一本だけあほ毛のように跳ねだした草があってそれはいくら風が吹いても梳かされないでいる。その草を踏みつけてみたら僕の足は痛みもなくそれに貫かれた。
発見の喜びを言葉としてすぐにシェアできないことが僕はもどかしかった。
「やったー。一個目だ。」
「すごいじゃん。」
という僕とサーヤのやり取りは本人たちにすら聞かれずに草原の中に置いて行かれる。
僕たちはある丘を登り始めた。僕たちはまるで、巨人の下あごを歩いているみたいだった。というのも、丘にはまるで巨大な臼歯のような石樽がいくつも不揃いに林立していたからだ。いくつもの石樽が欠けたり傷ついたりしていて巨人の虫歯を思わせた。
サーヤが突然立ち止まったから、僕とリンも前に進めなくなった。まるで僕たちは互いにロープで体を結びあっているみたいだ。サーヤの口の形を受肉した空間から彼女の声が聞こえてくる。
「ねえ、リン。あなたはどうしてあの列車に乗っていたの?」
リンは躊躇うように口をつぐんで手に持っている本をぐっと胸に抱き寄せる。
再びサーヤが空間にキスをした。
サーヤの声を待っているうちに僕は隠れカラーパを見つけた。それは、石樽の淵の欠けた部分にある火の粉のようなカラーパだった。
「じゃあ、あなたは7回目だよ。リン」
赤いキスマークを受肉した空間からサーヤの声でリンに数字を授ける。リンはもらった数字が何のことなのかわからずに困惑した表情を僕に向けて来る。
僕の数字はサーヤに呼ばれなかった。それが何だか悔しくて、「早くいくぞ」と冷たい声を風に残して僕はリンに背を向けた。リンの戸惑うような足音が背中に聞こえてくる。
僕は石樽を避けながら速足で丘を登った。サーヤの姿もリンの姿も石樽の林に隠れて見えなくなった。僕は丘の頂上で石樽を背にして待つことにした。ちょうど僕の向かいにある石樽の腹に風穴があってそこに三日月型の傷が受肉されている。
なんだか背筋がぞっとした。手首の腕輪が急に僕を締め付けて来る。
「やっと。この旅も終わりだよ。あとちょっと、あとちょっとで声が速度を取り戻す。呪いから解き放たれる。」
闇が喋っているみたいな低くて暗い声。
「街に帰ったらハスとあいつにあの娘を殺させよう。呪われた娘だ。」
僕はその声を知っている。腕輪の締め付けが厳しくて手首が千切れそうなほど痛い。
「それにしても、あいつ。呪われた娘に情でも湧いたのか?まあいい。裏切ったら、ワシが殺すぞ」
ふいに、腕輪の締め付けが緩んだ。
「おーい」とサーヤの声がして僕は慌てて起き上がりその三日月形の傷跡を覆い隠した。三日月形の傷が放つ声がこもって途切れ途切れになる。
「……を殺せ。そうしたら、街が平和になるんだ。」
サーヤはリンの手を引いて僕の前にやってきた。
「ねえ、毬玉の声がしなかった?」
思いのほか声が早く届いてサーヤは自分でびっくりしているみたいだ。
僕は首を横に振った。すると、僕が隠している三日月形の傷から暗い声が漏れ出す。
「おーい。ハスー。待っておくれえ」
サーヤは僕を石樽から剥すようにどかした。石樽の欠けにある三日月形の傷から声がさらに聞こえる。
「ハス~。ちょっと早いぞー」
サーヤは腕を組んで僕に向かって頬を膨らませた。サーヤの唇の形を受肉した空間の赤色が彼女の声を響かせる。
「やっぱりそうじゃん。これ、毬玉の三日月でしょ?なんで隠すの?」
「そ、それはね……」
僕は言い訳が思いつかずに視線を石樽へと泳がした。すると、有ることに気が付いて僕は石樽の欠けた腹を指さした。石樽の中の空洞に満月を閉じ込めたみたいな丸いカラーパの黄色が在った。
「これで、二つ目だね。」
とサーヤは指を二つ折って微笑んだ。
「お、驚かせたかったんだよ。カラーパを見つけたんだ。」空間に受肉された僕の歯型が時機を逸した弁明をした。
僕は、指を三本建ててそれを横に振った。
「ほんとうはね、三つ目なんだよ。」
僕の声が遅れて聞こえると「四つ目です」と静かな潤いのある声がした。それは、リンの声だった。リンが指さす空には眩い光線が束ねられている。雲が太陽を隠しても、ある一本の光線だけが変わらず空を貫いていて、それが光線ではなくカラーパの直線であることを示したのだ。
「やった。順調だ。私たち、絶対ハスに勝てるよ。」
サーヤはすっかり不機嫌だったことなど忘れてしまっている風だった。
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