第10話 ゼニジャー☆将軍を探せ の巻
きっと何かあったに違いない……」
『ザッザッザッザッザッザッザッザッ』
急に屋根から激しい雨音が伝わってきた。
その夜ゴンゾウは、再び茶室の裏手にやって来た。
そして、ヒョイと茶室の屋根に登ると、高々とそびえ建つお城をながめた。
将軍が住むお城を。
「ゼニジャー、行くぞ!」
自分のふところに向かって、ゴンゾウは声を掛けた。
ゴンゾウのふところから顔を出したゼニジャーは、大きくうなずいた。
サッと茶室の屋根から飛び降りたゴンゾウは、まるで黒ヒョウのように、広い広い庭園を駆け抜けた。
あっという間にお城までやって来たゴンゾウは、今度は黒猫のような身のこなしでお城の壁をよじ登ると、あっという間に屋根に到達した。
ここまで来れば、こっちのもの。
スルスルッと屋根裏へと忍び込んだ。
しかし、広い広いお城の何処に将軍がいるのか?さっぱり分からない。
そこでゼニジャーはこう言った。
「オイラが偵察して来るから、ゴンゾウ親分はここで待っていてくれ」
「分かった!ゼニジャー頼んだぞ!」
こうしてゼニジャーは、ゴンゾウのふところから畳の上へと飛び降りた。
すぐにゼニジャーは走った。
自分の勘を信じて走った。
その途中、暗がりの中に、ポツンと灯りがともる部屋が目に入った。
そこから何やら話し声が聞こえて来る。
ゼニジャーは、まるで糸にでも引っ張られるかのように、その部屋へと引き寄せられた。
そして、部屋の前に来ると、ゼニジャーは耳を澄ませた。
「これで将軍も終わりだな」
野太い声が響く。
それは大老の井伊。
「将軍はうまい、うまい、と言って、いつも美味しそうに飲んでくれましたよ。せっしゃが立てた毒入りの茶を。ハハハハハハ」
そう言って笑ったのは、老中の阿部。
「たしかにそなたが立てた茶はうまい!ただし、毒入りはごめんだがな。ハハハハ」
続けて大老の井伊も、声高らかに笑った。
お茶を立てるのが得意な阿部は、お茶が大好きだった将軍のために、毎日のようにお茶を立てていた。
あろうことか、そのお茶に阿部は、毒を入れていたのだ。
それも、決して気付く事はないほど、ほんの少しの量。
しかし、いくら少量であっても、毎日毎日それを飲んでいて、大丈夫なわけがない。
ついに将軍は、倒れてしまったのだ。
この悪だくみ、もちろん阿部が一人で考えてやった事ではない。
毒を調達してきたのは、ここにいる大老の井伊。
今の将軍が亡くなれば、将軍の長男が次の将軍となる。
しかし、その長男はまだ子供。
よって、実際に権力を握るのは、ここにいる大老の井伊や老中の阿部。
その権力が欲しくて、井伊と阿部は、グルになって将軍に毒を盛ったのだ。
(なんてひでぇ事しやがる!)
ゼニジャーは心の中で叫んだ。
「それで、あの離れにある茶室に大金を隠しているという話はまことなのか?」
井伊は阿部にグッと体を寄せてそう言った。
「はい。将軍は、真夜中にこっそり起きて、あの茶室に千両箱を運んでおりました。それも何度もです」
「なるほど、だから誰もあの茶室には寄せ付けなかったのか。でもまぁ、そんな大金を残してくれたなんて、今となってはありがたい話だがな」
アゴのヒゲをなでながら、井伊は不適な笑みを浮かべた。
二人が言っている〝あの茶室〟とは、ゴンゾウと将軍が会っているあの茶室の事だ。
そして将軍があの茶室に運んでいた千両箱とは、貧しい人達のために配るお金。
もちろんゼニジャーは、すぐにその事だと察しが付いた。
「じゃあ、将軍が逝ったらすぐに茶室の千両箱を掘り出さねばならんのぉ。とりつぶすのはそれからじゃな」
腕を組み、うなずく井伊。
「千両箱のわけまえですが……ひとつ、せっしゃにもよろしくお願いしますぜ」
首をギュッと前につき出した阿部は、上目づかいで井伊を見た。
(なんて奴らだ!許せねぇ!)
ゼニジャーはハラワタが煮えくりかえる思いだった。
(とにかく急ごう!)
早く将軍を見付け出し、ゴンゾウの元へ戻って今の話を知らせなくては!
ゼニジャーはまた走り出した。
自分の勘を信じて走った。
そんなゼニジャーの〝勘ナビ〟は的中した。
将軍の寝室の前には、サムライが二人、刀を抱えて座っている。
一人のサムライが大きなあくびをした。
それに釣られて、もう一人のサムライも大きなあくびをした。
今は真夜中。それも仕方ない。
そんなサムライの間をスルスルっと抜けたゼニジャーは、いとも簡単にふすまのすき間から部屋の中へと潜り込んだ。
部屋に入ると、また二人のサムライが、刀を抱えて将軍の寝床の前に座っている。
(さすがに将軍ともなると、こんなにしっかりと護衛が付くのじゃな)
たった一人で茶室に現れ、自分達と、貧しい人達の話をする将軍しか知らないゼニジャーは、改めて将軍の偉大さを感じていた。
(それにしても、これじゃあゴンゾウ親分がここに来る事は出来ないようじゃな)
そこでゼニジャーは、将軍の耳元へと向かった。
サムライ達には見えないように、反対側の耳へ。
「将軍様、将軍様」
出来るだけ声が将軍に届くよう、ゼニジャーは将軍の耳の中へ顔を突っ込んで声を掛けた。
「将軍様、将軍様」
すると将軍は目を開け、目玉だけを動かし、ゼニジャーを見た。
「将軍様!大丈夫ですか!」
すると将軍は、小さくうなずいた。
そしてゆっくりと布団から手を出すと、布団をつかみ、ゼニジャーと一緒に頭まで布団を引き上げた。
「ゼニジャー、よく来てくれた」
弱々しい声で将軍は言った。
「将軍様、こんなになっちまって……全部あいつらのせいなんじゃ」
ゼニジャーは、さっき聞いた大老井伊と老中阿部の話を将軍に伝えた。
もちろん、貧しい人々に配ろうとしていたお金を狙っている事も。
将軍の目から一筋の涙が流れた。
そして、グッとくちびるをかんだ。
「心配いらねぇ将軍様。オイラとゴンゾウ親分で必ず仇をとってみせますぜ」
ゼニジャーがそう言うと、将軍はゆっくりと首を振った。
「ならぬ。どんな悪人であろうと、命を粗末にしてはならぬ。それよりゼニジャー、ゴンゾウに伝えてくれ……」
そう言って将軍は、ゼニジャーを自分の口元へと呼んだ。
呼ばれたゼニジャーは、将軍の体の上へヒョイと飛び乗ると、そっとアゴの上に登り、将軍の口元に耳を寄せた。
「将軍様。承知いたしました!必ずゴンゾウ親分に伝えます」
「ゼニジャー、頼んだぞ」
「ははっ!」
「ゼニジャー、本当によくやってくれた。ゴンゾウにもそう伝えてくれ。お前達のおかげで、本当にやりたかった事が出来た。ありがとう」
将軍の目から、涙があふれていた。
「そんなしみったれた事言わないで下さい!早く元気になってもらわないと困りますぜ。貧しい人達はまだまだいっぱいいるんですよ」
あふれる涙を手をぬぐう事もなく、将軍はゆっくりとうなずいた。
「さ、早く行くんだ」
将軍に促され、ゼニジャーはその場を去った。
〜つづく〜
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます